2003年度紛争予防市民大学院「海外研修コース」研修日誌
第3週:11月10日(月)-11月16日(土)
報告者:西村 絵里子


11月10日(月)
午前8時、JCCPスリランカ事務所を出発。途中、Elephant orphanageに寄り、キャンディで宿泊。夕方、ヒンドゥー寺院・仏歯寺を見学。

 朝のコロンボは通勤ラッシュ中。バス待ちの行列、通学中の親子の姿、渋滞中の車の間を通り抜けるスリーウィーラー…。これまで2週間ですっかり見慣れたコロンボの風景を眺める。コロンボから象の孤児院 (Elephant orphanage)まで約2時間半~3時間。象の孤児院で観光し、キャンディに移動。キャンディはスリランカの京都(日本の古都)という所か。イギリスを思い出させる立派な建物や豪華な店が並んだ通りと、庶民向けのマーケットが同居している。キャンディの湖を囲むように観光客向けのホテルが並んでおり、実際、この町では多くの外国人と出会う。
 ヒンドゥー寺院の建物はカラフルなのが特徴的。中には豚・象・竜など、様々な動物が神として祭られている。中央にはシバ神。ヒンドゥーの僧侶がお経を唱えていた。仏歯寺は98年にLTTEの爆弾テロの被害を受けて以来、入館前に簡単なボディ・チェックを実施している。事件によって寺の周囲と建物の一角が焼けたらしい。仏歯寺が清水寺(京都)に似ている為か、一瞬、懐かしい気分になる。タイ等他のアジア諸国の賑やかな寺院とは異なり、シンプルな装いが気に入った。但し、観光都市だけに外国人への物売り・赤ちゃんを片手にお金をせがむ女性、貧しそうな年老いた男性等も多数いて複雑な心境になる。私達が滞在したホテルには外国人観光客ばかり。因みにキャンディはオランダ人・ドイツ人の避暑地だと言う。ホテルの食事もビュッフェ形式で西欧風。スリランカ料理が少なくて残念…。

仏歯寺

 

11月11日(火)
午前10時、キャンディでバラクリシュナン氏の講義。昼食後、プランテーション地域であるヌワラエリヤへ。

 朝食もスリランカ料理は少なく、ワッフル・クロワッサン等、西欧人の客層を意識した料理が多い。因みに、ホテルはプールとアーユルヴェーダ(ハーブマッサージ、有料)付き。再度、キャンディは観光地だと思う。典型的な社会活動家タイプの、一度話し出せば誰にも止められないような勢いでスリランカ情勢を説明するバラクリシュナン氏の2時間半にわたる講義は、非常に有意義だった。彼の語り口調からは、彼自身のスリランカ平和の為に掲げて来た熱い情熱が伝わってくる。
 午後は昼食後、ヌワラエリヤへ。山奥に入り、時間と共に標高が高くなる。全くガードレールも無い渓谷では、一瞬、車が落ちないか不安になる。工事現場で働く青いヘルメットを被った若い男性、茶のプランテーションでは薪を担いで降りてくる女性、花を外国人に売りつける幼い男児、プランテーションでの仕事帰りらしい大勢の女性達を車窓から眺める。プランテーション地域の労働者は、主にインド・タミル人。看板の文字がシンハラ語からタミル語に変わり、額にヒンドゥー印を付けた女性が増える。途中、タミルの繁華街らしき所を通過した。小規模ながらも人々が集まり活気がある。だが、何故か人々が私達を見る目は少し暗く寂しそうに見えた。笑顔に出会う事もほとんど無かった。一応、電気は通じているらしいが、少数の立派な家を除いては粗末な家が多く、彼らの厳しい生活状況が予測される。ヌワラエリヤにはゴルフ場があるが、こちらはイギリス人の避暑地だったという話も聞いた。まるで、ヨーロッパの街の一角を切り取ってそのままヌワラエリヤに持ってきたような繁華街を通り抜け、ホテルに到着。因みに、私達の今日のホテルの建物も、欧米人好みの洒落たロッジ風。夕食は、CAREプログラム・マネージャーの栗原氏も交えてホテルでとった。
 

11月12日(水)
午前中はCAREの事務所で、プランテーションの現状に関する講義。午後は、①Tea Factory、②Estate Owner、③Line Area、④Community Centerを訪問。

午前の講義の模様

 午前中は、プランテーション地域でプロジェクトを実行するCARE Internationalの現地事務所でCAREの活動内容と限界、ジェンダー・民族問題などに関する講義を4人の現地スタッフから受けた後、5分間の休憩を挟んで簡単なディスカッションを行った。5人のスタッフは全てタミル人。北東部出身の職員も含む。小規模なオフィスだが、職員は笑顔で親切な対応。食事はティーファクトリーを改築したホテルでスリランカ料理バイキング。辛い食べ物とヨーグルト(Curt)で大満足。プランテーション・エリアの道はひどいデコボコ道。崖が傍に見える山道で結構なスピードで走るが、この激しい揺れに慣れるまでには時間がかかる。
 午後はまず、紅茶工場を見学。紅茶が製品になるまでの過程を知る。労働者は痩せた男性・女性ばかり。生活の厳しさを感じる。袋一杯に詰められた紅茶は、一旦コロンボに集められた後、輸出。仲介業者を通す為、外国(例:日本)に来るまでに何百倍もの値段に跳ね上る。次に、プランテーション・オーナーの豪邸を訪れた。オーナーは、プランテーション関連の専門大学を卒業した若いシンハラ人男性。広い部屋+メイド付き。28歳という若さでこの贅沢な暮し。その後、ライン地域を訪問。狭い地域に人々が密集。子供が非常に多いのが特徴的。とてもフレンドリーだが皆痩せ細っている。1部屋に2家族が住む事が多く、プライベートは余りない。物が少ない家ばかりで生活環境も悪い。水道はあるが、毎日1時間しか出ないので、バケツに雨水を溜め飲料水にする。ラインの入り口には、ヒンドゥーの礼拝場所があった。最後に、コミュニティ内の託児所を訪問。コミュニティ・センターの役割も兼ねる。大勢のプランテーションの住民が集まってくれ、彼らの生活・経済上の問題を話してくれた。

 

11月13日(木)
午前は、現地NGOのHill Country Assemblyで、インド・タミルの生活実態について議論。午後は、2ヶ所のライン地域を視察。

 午前中は現地NGOのHill Country Assembly(HCA)を訪問。プランテーション地域に住むインド・タミルのコミュニティが抱える問題を共有し議論する。議論に参加したのは、男性11人と女性4人。各自が非常に活発に自分の意見を主張出来るような環境である点は非常に良い。お金の管理方法、プランテーションの展望について若者と年配者の意見が分かれた。プランテーション地域における彼らの当面の課題は、アルコール依存症の削減・貯蓄管理方法の普及である。3時間程度の意見交換の後にレストハウスで昼食を取り、次の目的地に向かう。
 1番目のラインは、住居も広く立派なヒンドゥー寺院も近くにある。昨日のラインと比べても環境が良い。だが、何故か人々の表情が寂しげであった。私企業(Private Company)から同地域に派遣されている現地職員(Field Officer)は、彼等の貧しい生活状況を熱心に語る一方で、彼等を見下した態度。女性は一生懸命に働くが規定時間前に仕事をやめてしまい、子供は学校には行くが遊んでばかり。時間を上手く使えば、Gardening・Cattle飼育・野菜栽培等でより多くの収入を得る事が出来るはずなのに、怠け者だからそれをしない…等々。彼等は外国人慣れしていないためか、我々を見て怯えた表情をしたり、不安気な顔で子供を家に連れ戻す母親もいた。しかし、初の日本人訪問客という事で盛大な歓迎会が開かれた。特に、子供達やプランテーションから帰宅中の女性が多かったが、沢山の人々が立ち寄って私達を眺める。この時に集まってきた人々の表情から不信感は見えなかった。子供達もインタビューに、恥ずかしがりつつも、嬉しそうに答えてくれる。「将来は?」と聞かれ、「先生」、「コロンボで出稼ぎ(housework)」、「看護婦」…様々な職種が挙がる。但し、プランテーションで働きたいという者はいなかった。若い青年達から住所を聞かれた。サッカーチームを作りたいが、資金が無いのでdonationをして欲しいとの事である。HCA職員は、「彼等は自分達で何とか解決法を見出そうとするのではなく、人に頼んでお金を貰えば何とかなると考えている。非常に問題である」と悲しげに語った。
 時間制約と盛大な歓迎の為、残念ながら2番目のラインの様子は余り分からなかった。インド・タミル地域らしくガンディー像がある。ある少年が私に英語の練習帳を見せてくれた事には驚いた。人々の笑顔が素敵だった事、私達に驚くほど興味を持ち集まってくれた事が特に印象的。だが一方で、何故これ程の待遇を受けるのか不思議に感じた。HCA職員によれば、①国際NGO・支援団体でさえ、街から隔離されたremote地域には滅多に来ないため、外国人が珍しい事、②自分達の生活状況を知ってもらいたいが誰も興味を持たないため、彼らに興味を持つ外国人が来ると嬉しい事、が主な理由だと言う。私達の歓迎会で、HCA職員が「日本は自らの力で経済成長を遂げた。我々も他人に依存するのではなく、自力でこの苦境を乗り越えなければならない」と強く語った。帰り際には、数え切れない程たくさんの子供から握手を求められた。

 
2番目に訪問したライン地域での歓迎会にて

11月15日(金)
移動日。ヌワラエリヤから、キャンディを通って、コロンボに帰る。

 ヌワラエリヤでの最終日。早朝、「景色が綺麗だ」という山の向こうまで散歩する予定だったが、雨が降っていたので計画を断念。標高の高さが原因か体調が良くないメンバーもいたが、個人的には体調は全く変化せず、むしろコロンボよりも人間関係が暖かい感じがするヌワラエリヤが好きになった。午前10時半、ヌワラエリヤを出発。キャンディ近くで昼食(午後1時半)後、コロンボのJCCP事務所に戻ったのは、午後5時半。整備された道路を走り、昨日ほど激しい揺れはなかった。
 

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