第2週:11月3日(土)-11月8日(土) | 報告者:榮谷 明子 |
| 11月3日(月) 朝、コロンボを出発。ゴールにてSocial and Economic Development Center(SEDEC、カリタス系)で神父とスタッフから話を聞く。その後マータラへ向かう。 SEDECの神父は宗教を越えたネットワークに参加して平和活動を行っている。僧侶と協同のピースワークについての試みが興味深かった。気さくな方で、軽食までいただく。国会議員をしている僧侶がいるという話が興味深く、その僧侶の連絡先を教えてもらう。Ven. Samitha Thero。 コロンボからマータラまでの長旅に備えて、出発前に乗り物酔い止めの薬を服用したところ、まもなく深い眠りに落ち、SEDECで過ごした数時間と食事以外の時間はすべて熟睡。夜も12時には就寝、熟睡。酔い止めというよりは、精神安定剤か入眠剤なのではないか。
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| 11月4日(火) Ven. Kalupahanaを訪問、僧院でお昼をいただき、25歳の若い僧と対談、移動してハイ・カーストの僧侶と対談。 | Ven. KalupahanaはNGO活動を自ら行っているだけあって、宗教を超えた平和活動やスリランカの政治状況についての話が興味深かった。特に記憶に残ったことは、 | | ① | 高僧と一般の僧の間には、緩やかなヒエラルキーしかない(国内の僧侶たちの間には、戒律が守られているかどうかをチェックするようなしっかりとしたシステムがないらしい)。高僧は一般にUnited National Party (UNP)側についているため、今は和平プロセスに賛成している(この国の僧侶の高い政治性が理解できた)。 | | ② | 「比丘へのワークショップ」というプロジェクト案件。スリランカは農村主体の国で、70%が農民とも言われている。各村のリーダーである比丘にtraining of trainersの平和教育を施し、各村に返せば、平和的な素地を育てることができるのではないか。ワークショップの問題点は、主にコストなどのリソース不足のようだ。ただし、過去に行われた例では、ワークショップのお蔭で和平プロセス反対から、支持に意見を変えた僧侶もいるという。 | | 若い僧と、ハイ・カーストの僧は平和活動に具体的に関わったことはない、上座部仏教僧であった。若い僧の話で興味深かったのは主に2点。 | | ① | The Jonatha Vimukthi Peramuna(JVP)は草の根レベルで民衆のために活動しているから、若者の支持を集めている(この意見は、JVPがマータラを拠点としているためではないか)。 | | ② | 自分は仏教大学よりも国立大学を選んだ。理由は、試験があるために国立大学のほうがレベルが高いから(仏教関連の科目を勉強するのでさえ一般の国立大学のほうがレベルが高いようでは、この仏教大学の仏教教育は危機的状況にあるのではないか。一般に、仏教教育が理論や暗記にばかり終始して、実践的ではないと指摘される理由がここにあるのではないか)。 | 昼食は地元の人々から僧侶のために用意された食事を分けていただく。レストランでは食べられない庶民の味、ここにあり。僧侶は「与えられたものは選り好みせずに食べるのだ」とばかりに唐辛子の姿煮(?)、魚、肉、なんでも食べる。我々も、それぞれどのような味つけなのか、何でできているのか分からないままに口に運ぶ。濃縮すりりんごらしきものもあった。ココナッツジュースらしき白濁水はたんなる井戸水であった。要注意。夜、停電した暗い繁華街にて、蠢く活気の中、アラックを求める。7年物の味。 | |
11月5日(水) 南部政治家8人と対談。午後はSouthern Development Authority(SDA)で13人のスタッフと大テーブルを囲んでディスカッション。Weherehena寺院を見学。 南部政治家(主にPeople’s Alliance 所属)の話によると、和平プロセスに関しては、すべてが政治のトップレベルにおいて進められているため、地方政治家や一般民衆には、その過程がわからないという。LTTEにどこまで権限を委譲しようとしているのか、知らされないために不安が募り慎重にならざるを得ない。本当に持続する平和を望むのであれば政府はもっと情報を共有し、民衆を教育する必要があるという意見は説得力があった。一方で、昨日のVen. Kalupahanaの仰った「この国の民衆は西洋的市民ではなく、個人の人間関係として信頼した人に付和雷同してしまう」という言葉を思い出す。 今日のディスカッションが始まる前には、政党間の不和などが出るのではないかと予想していたが、互いに譲り合って非常に礼儀正しく発言し、人の意見をうなずきながら聞いているのが印象に残った。血が熱い人々とは聞いているが、やはりここはアジアである。 地方政治家の中に1人僧侶がいた。英語を話さないが、もう1人の政治家に通訳を頼んで取材を敢行。 | | Q | なぜ政治家になろうと思ったのですか? | | A | 僧侶として、人々の貧困を見ているうちに、政治を通して人々を貧困から救わなければならないと考えるようになった。 | | Q | 政治家としてのあなたの目標は何ですか? | | A | 民主的で平和な社会をつくること。 | | Q | 僧侶であることは、ほかの政治家と比べてどのように有利だと思いますか? | | A | 僧侶であるために、一般の政治家よりも、民衆に近いところにいる。村の人々の声を聞く立場にある。人との繋がり、ほかの僧侶たちとのコネクションがある。プランテーションを含めていろいろな人の声を聞くようにしている。僧侶として16年間、1つの村を見てきた。政治家になってからの10年は25の村を見ている。政治家になってからの方がむしろ人々とのコミュニケーションは増えたと思う。 (上座部仏教の教えでは、僧侶は俗世間のことに関わらないはずである。ましてや政治家になるなど明らかに原則に反する。そのあたり、この国の歴史と合わせてもう少し知りたいと思う。このように本人と会って話を聞いてみると、それなりに筋の通った説明をするものだ)。 地方政府の下部組織SDAでは、13人のスタッフが同席してくれる。こちらは7人。中央政府では短時間でけんもほろろに追い出されたのに比べて、ここでは双方から質問が続き、2時間ほどお話を伺えた。先方の受け答えも非常にフランクで、分かりやすい。先方からの質問では「日本の産業発展の秘密を教えてくれ」と繰り返し聞かれる。もう1つ興味深い質問は「原爆まで落とされて、なぜアメリカを憎まないのか」。「80年代に経済的に成功してからは一流国としての余裕ができ、誰かを憎む必要がなくなった」という私見を述べる。 | | | | Weherehena寺院では、大きな大仏と見渡す限りの壁画が印象的。ヒンズー教の神が祀られているところを見ると、この国でも「神仏習合」のような宗教の融合はあるようだ。スリランカの内戦が宗教紛争ではなく、民族紛争だといわれる所以。 | | | | Weherehena寺院の大きな大仏 | |
11月6日(木) ゴールに移動。Human Power Organization (HPO)の紹介で、僧侶Ven. K.U.Pangngarama Adhikarana Nayaka Theroのお話を聞き、ムスリム・コミュニティを視察。モスクの横のスペースでディスカッション。昼食は2時ごろ裕福な家庭で歓待を受ける。その後Human Rights Organization (HRO)でブリーフィング。英国国教会で神父と歓談。コロンボへの帰途ゴールで日本山妙法寺の浅見上人と会う。 地域密着型のconflict mediationで名高いVen. Pangngarama Adhikarana Nayaka Theroは日本人の私が探していた「僧侶らしい僧侶」だった。「僧侶はどの政党にも属すべきではない。信じる道はただ一つ平和の道のみである」。「武器を下ろすことができないのは、心に平和がない証拠である。心に平和を持たない和平会談は成功しない」。時に哲学的な彼の言葉は、まさに俗世の人々を導く力を持っていた。「宗教をきちんと学んだ人間は、政治的暴力に関わるはずはない。宗教は地上に平和をもたらす力を持っているのに、多くの人間がそれをきちんと学び、実践することができないだけだ」という言葉も印象的だった。 ムスリム・コミュニティでは、歓迎を受けた。互いの歓迎の辞にかなりの時間が費やされる。後で聞いた話では、実際はインフォーマルな訪問であっても、あたかも重要な国際視察団の来訪のように扱われることがよくあり、地方紙に載ったりするという。政治的な意図か。ディスカッション時に和平プロセスについて質問したが「うちのところには民族紛争はありません。みんな仲良くやっていますから」という簡単な返答を得たのみ。 昼食は一般家庭で温かくもてなされ、スリランカ人のホスピタリティの篤さに感動。 HROでは、“War”をなくしたいというミッション・ステートメントにやや驚く。ここでは国家間ではなく、民族間、家庭内などあらゆるレベルのコンフリクトを指すらしい。 浅見上人とのお話は、日本語で解説してもらえた点と、初めてアウトサイダーの視点が得られた点で特に有意義だった。アウトサイダーとはいえ、21年も住んでいるので、スリランカ人の気質に精通しているようで、本音(シンハラ語使用時)と建前(英語使用時)の使い分けについてなど、アドバイスをたくさんいただいた。 |
11月7日(金) 朝8時にコロンボのJCCP事務所を出発するも、首相のアメリカからの帰国のため、民衆が路上に集結しており、目的地のプッタラムに辿り着けず。帰路も迂回路を延々と7時間のドライブ。 空港近くの路上での道路閉鎖のためか車が進められなくなり、帰国した首相を歓迎、激励するために会社を休んできた政治的な群集を観察することに終始した。人数がだんだん増えていく上、首相のポスターを掲げる女性、ラッパを鳴らし太鼓をたたき踊り出す若者、口角泡を飛ばす中年男性など、現場が熱気を帯びる。水曜日に大統領が3人の大臣を更迭し、非常事態宣言を発令したために、人々の政治意識が刺激されたことが見て取れる。結局、車がまったく動かなくなってから1時間後に諦めて引き返したが、万が一、なにか事件が起これば群衆が暴徒と化すこともあるのではないかと考えると恐ろしい。午後3時半ごろ事務所に辿り着いてからは、みな休憩。いままで聞きためた情報を静かに頭の中で整理する時間が持てたという意味ではよかったと思う。 |
11月8日(土) 午前10時からJCCPスリランカ事務所で演習。澁谷利雄和光大学教授とカフェ・ジャパンで夕食。 演習では、南部における各人の見解を共有できた上、危機管理の問題など個人で少し考え方が異なる点を意見交換することができてよかった。チーム全体のための時間を有効に使えていることが、今回の海外研修チームが思いやりに満ち、活動が円滑に進んでいる秘訣だと思う。 夕食は6時にカフェ・ジャパンで澁谷先生と待ち合わせ。澁谷先生はとても気さくな方で、スリランカの鳥の話、食の話に始まり、70年代・80年代に先生がスリランカで見聞なさったことなどを話していただいた。『アジア読本 スリランカ』で先生の書かれたものを事前に読んでいた者もおり、個別の質問にも答えていただいた。 |