2007年スリランカ事業

アンパラ出張

アンパラは、シンハラ族、タミル族、ムスリムの3民族が融合している地域で、古くから共に隣り合わせに暮らしているため同民族間の敵対心や懐疑心といった民族間の感情はほとんどみられませんでした。しかし、近年の内戦状態の悪化と津波被害の傷跡が明らかにみられる地域で、道には常に24時間体制で数十メートルごとに3〜5人の軍人が警備として配置され、そして、そこで暮らす人々の生活水準はスリランカの他の地域に比べても非常に低く、トイレ・バスなどの設備の他、水道さえない小屋同然の家に住む人々も多くみられました。警備にあたる軍人の整ったユニフォームと大きな機関銃、そしてこの地域に散見するしっかりとした近代的な軍関連施設は、そうした貧しい人々の暮らしと非常に対照的に目に映りました。

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あるアンパラの家族が生活する住居


この地域で、私は、現地NGOであるセワランカ財団の実施するコミュニティをベースとした開発・平和プロジェクトをみてまいりました。開発プロジェクトとして力をいれていたのが、OxfamGBと共同で行われているマイクロファイナンスと無農薬農業指導を統合したプロジェクトで、農家に小額の貸付を行う一方で、それを基に無農薬農業を指導・支援し、高額の農薬代を節約させ、人々の暮らしを底上げしようという試みです。
また、ユニセフと共催の学校建設事業、キャパシティビルディングとして漁業従事者を対象としたトレーニングプログラムなど、多様なプロジェクトを見学してまいりました。



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無農薬農場敷地内の一部



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漁業従事者を対象としたトレーニングの様子


平和プロジェクトとしては、2年前から実施されているプロジェクトで、紛争のない時代を知らない子どもたちを対象に平和について話し合う場を設けると共に、紛争のなかった時代を知る大人たちから何かを学びとるために、その両親を集め話し合う場も設け、現在では、特にその両親の集まりを軸として地域の平和・開発に関する問題を話し合う場としてのワークショックという形で同プロジェクトが存続しています。

peace & development workshop of parents2.JPG平和・開発に関するワークショップの様子

parents in workshop-1.JPG両親の集まりを軸としたワークショップの参加者たち

ちなみに、私が参加させていただいたワークショップでは、子どもたちの通う学校に図書館やトイレの施設がないこと、女性の収入源確保の手段として、自分たちの作るものを売る場としての地域のマーケットの開設、などの要望があげられていました。

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学校に通う生徒たち


アンパラで私がみたものは、首都コロンボとの明らかな経済格差とともに、長年多額な費用が費やされる軍備費とその犠牲としての住民の貧しさです。しかし、それでも尚、大きな希望と嬉しいことは、そんなにも貧しい暮らしをしながらも、アンパラの人たちは生き生きとした表情で動き、語り、そして話しかけると必ず皆明るい笑顔で答えてくれることです。苦しい生活でありながらも、満面の笑みを浮かべることのできる大人たちと、明るく笑う子どもたちの姿に、コロンボへの帰途で私は決して悲観的な気持ちではなく、むしろ大きな希望をみた、そのような気持ちでいっぱいでした。

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左が戸引職員、セワランカ財団のスタッフとともに

スリランカ活動報告


9月20日から26日にかけて、瀬谷事務局長がスリランカに出張しました。首都コロンボのほか、北部地域のマナール、アヌラドハプラ、キャンディへの現場視察も行いましたので、その様子を報告します。

21日Anuradhapura: 事業予定地視察

002.jpgIslander Center内部の様子JCCPスリランカは現在、現地NGOであるセワランカ財団をカウンターパートとして和解促進事業を検討中。21日は、その事業予定地であるスリランカ北内陸部のAnuradhapura へ向かいました。コロンボから車で4時間の道のり。予定事業は紛争により分断されたそれぞれの地域、民族から若者を集め、職業訓練及び雇用促進のためのリーダーシップ研修を実施し、その研修を通じて若者の間の相互理解を促進させ、ネットワークを構築し、国の継続的平和の確立に貢献することを目的としたもの。今回は、その研修地となるのは、セワランカ財団により設立されたIslander Center。

Islander Centerは100ヘクタールという広大な敷地を有し、その中に農場も、宿泊施設も備えた施設で、周りに人工池も用意されたモダンで且つ過ごしやすく上手に設計された建物。今年の12月に完成予定。ここで、セワランカ財団の会長であるNavaratne氏と直接面談し、セワランカ側の意向など事業内容について協議しました。

22日 Manner: 北部紛争被災地への現場視察

Anuradhapuraからさらに北に向かって、2時間。Vavuniyaを抜けて、Mannarへ。
始めに訪れたのは、セワランカ財団の支援する国内避難民(IDP)の定住事業であり、Mannarへ向かう途中にあるMurunganという町の国内避難民のための住居施設。ここでは145家族が暮らしています。80kmも離れた村から戦火を逃れるためにジャングルを抜けてここまでたどり着いたといいます。ここに暮らす多くの人は、「故郷の村へ戻ったとしても食べるものもないのでここを去りたいとは思わない」と語ります。それでも、四六時中多くの家族と暮らすので、プライベートがなく、そのため心理的疲労も過度であるそう。そうした精神的サポートのためのカウンセラーもこの施設に派遣されています。

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施設の前に集まる現地住民たち


次に訪れたのは、Manner島にある、やはり国内避難民のための仮設住居建設予定地。ここで暮らす人々は、インドから移住してきた人たちであったが、内戦の悪化により北部を転々としてきました。難民となってから15年という一人の男性に会ったが、彼の子どもは難民キャンプで生まれ今日まで家に住んだことはないといいます。

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Manner近隣地域の国内避難民の現状を地図を前に説明するセワランカ財団のスタッフ

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仮設住居へ向かって歩くNavaratne氏と瀬谷事務局長

23日 Kandy: 宗教間対話促進事業の要人たちとの対談

一気に南へ下り、Kandyへ。ここはイギリス植民地時代の首都であったことからインフラ整備の進んだスリランカでも有数の都市部です。

ここでは、セワランカ財団の宗教間対話を促進させる事業においてカウンターパートとなっているInstitute for Social Development(ISD)のGalkotuwa氏と、仏教大学(Buddhashravaka Bhikhu University)の副学長であるMangala氏と面談。Mangala氏は、事務局長との対話の中で、日本の継続的な支援に感謝を述べるとともに、JCCPの今後の活動に期待する旨を述べました。そしてまた、「自分たち宗教者にこそ、政治家では成しえなかい平和の達成を実現できるだろう」と大きな決意と希望を述べました。


ちなみに、9月26日は、スリランカでは満月の日(フルムーン・デー)にあたり、スリランカの仏教の習わしとしてポヤ・デーと呼ばれる祝日でした。

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左端がJCCPからセワランカ財団に出向中の戸引職員
中央が瀬谷事務局長