難民事業本部スリランカ北東部調査団に参加して
2003/08/27

 今般、アジア福祉教育財団難民事業本部が主催するスリランカ北東部調査団(主催団体、外務省国際社会協力部、UNHCR東京・韓国事務所、日本のNGO4団体から構成される9名)の一員として参加し、IDPs (国内避難民) の実態調査、LTTE(タミール・イーラム解放の虎) 幹部との面談、LTTE支配地に於いて唯一スリランカ政府より認可されているNGO団体 (Tamil Rehabilitation Organization) 幹部との意見交換、UNHCR現地事務所の状況説明、同地域で地雷除去に従事する国際地雷除去団体の現場視察、難民支援活動を行なっている日本のNGOの活動現場視察等々多くの機会に接し、自身の目で観察すると同時に生の声を聞くことが出来た。4泊5日(8月3日~7日)で陸路2,000kmを踏破する強行軍ではあったが、スリランカに於けるJCCPの今後の活動方針・展開を検討する観点からも有意義な参加であった。20年に亘る民族紛争の原因・経緯に付いては、多くの文献・報道がなされており、専門的な知識を持たれている方々が多いと思うので稚拙な説明は省略するが、2002年2月スリランカ政府とLTTE間にて停戦合意がなされた1年6ヶ月後の現状・問題点を自身の観察を通して、述べてみたい。

 調査出発に先立ち、日本大使館よりスリランカの政治的現状に付きブリーフィングを受けたが、「本年3月の箱根会談に続き6月の東京会議(LTTE側欠席)以降もLTTE側は和平交渉、国際社会の北東部復興支援に対して懐疑的見方により、和平交渉に消極的姿勢をとっていたが、ノルウェーを仲介役として、スリランカ政府より最終和平提案 (7月) が提示された時期前後から、真剣に話し合う姿勢が見え始めた。この背景には、国際社会のLTTEに対する圧力・介入の動向、タミール人の内戦に対する疲弊感、詳細は決まってはいないが、東京会議でプレッジされた45億ドルの「平和の配当」効果が効いてきていると思われる。現在の見通しでは、海外に住むタミール人の意見も反映し、8、9月中に何らかの妥協的回答が出ると思われる。しかし、LTTE側は暫定行政を強く望んでおり、徴税権、警察権、その他自治権問題に対してどのような回答が出てくるか、不確定要素は多く残っている。」とのことであった。

 スリランカ政府がLTTE側に提示した和平条件の概要を開示するようにメディア、世論は要求しているが、政府側は「外交交渉」との位置付けからか今日に至るも明らかにしていない。他方、提示条件が首相より大統領に事前報告なく、且つ、事後報告と提示条件内容が異なっているとの事が、大統領派(PA党 – 人民連合党)、首相派 (UNP党 – 統一国民党)間の政争の火種となっている。尚、LTTE側は8月末に、世界各国より幹部をパリに集合させ、今後の和平交渉に臨む基本的コンセンサスを採択する方向で進んでおり、スリランカからも幹部が既にパリに向け出発している。

コロンボの街並み
北東部帰還民(漁民)の仮定住集落

 調査団の主要スケジュールとして、キリノッチLTTE本部を訪問し、政治部No.2 Mr. S. Thangan (Sutha) – Deputy Head of Political Wing of LTTEとの面談の機会を得た。調査団の構成、目的は、日本のNGOがLTTE支配地域に於いて行なう支援活動に対して、LTTE側の理解を求める表敬訪問であったが、スダ副部長自ら玄関に出迎え、1時間弱の意見交換後は15種類以上の料理が並ぶ昼食会が催され、賓客扱いであった。しかし、意見交換に於いては専ら日本のNGOが今後LTTE支配地にて活動する場合のTRO (Tamil Rehabilitation Organization -スリランカ政府より認可されているLTTE側唯一のNGO団体) との協力体制を強調され、改めてLTTE行政のNGOに対する姿勢に疑問感を持つに至った。スダ副部長はこの理由として、①復興計画に際しては、行政的システム作り(Administrative set-up) が必要であること、②国際NGOが引き上げた後を考慮してのローカルNGO育成の必要性、を挙げている(LTTE支配地にはTROを頂点として約20団体があると言われているが、名前は異なっていても全てがTROの傘下である。同時にLTTE支配地に於いては、国際NGOが活動する場合、その地のローカルNGOを半強制的に介入させる事になっている。この調整はTROが担当している)。余談ではあるが、今回のLTTE本部事務所訪問時にはメディアも来ており、翌日のLTTE側タミール新聞には、一面に日本のNGO代表一行が和平推進の為キリノッチを来訪し、政治部幹部と話し合いを持ったとの写真入報道となり、更には、この報道が在「ス」大使館には日本の政府・NGO代表一行が和平推進の為キリノッチに来訪し、LTTEと会談を持ったとの内容で伝わった。この報道が誤報であるのか、LTTE側に利用されたのかは定かではない。「TROはNGOである」との表面的位置付けはともあれ、実質的に独立した組織ではなくLTTEと多岐に亘り密接なる関係にあると言われている。 訪問時の意見交換に於いても、「TROはローカルNGOのCoordination Bodyか」との質問に対して、「協力はしているがローカルNGOの活動に介入はしていない」との回答があり、更に突っ込んで「キリノッチに於ける国際NGOの活動はTROを経由することになっており、TROがローカルパートナーを指定しているではないか」との質問に対しても、「Administrative set-upに基づき協力しているだけ」との回答にて、LTTEとの関係を払拭する明確な回答は得ることは出来なかった。従い、和平交渉が進捗し、スリランカ政府とLTTE側との政治的解決が合意に達しても、TROをパートナーとした北東部復興・開発支援活動には疑心が残ると考えられる。

コロンボ市民休日の一コマ
北東部帰還民の住居内部

 スリランカ全体では、北東部を中心に約80万人のIDPs(国内避難民)、約9万人の南インドへの国外難民が発生したと言われている。 本年5月末時点でのスリランカ政府統計では、30万人強のIDPsが帰還、約1千人が南インドよりの自主的帰還(本年度末迄の帰還希望者は5千人程度)となっている。従い、今後対象となるIDPs (地域内、地域外含めて) は50万人程度であるが、帰還地での土地所有権、生活権等の問題が既に発生しており、残り35万人(約15万人が避難先で定住希望と推測 – 個人的推測)をどのような形で帰還させるかが大きな課題となろう。従い、本年6月の東京会議でプレッジされた最長4年間での45億ドル(日本は3年間で10億ドル)がIDPs、帰還民にどの様に使われるか、その用途、配分によっては、スリランカ政府・LTTE間の新たなる紛争の火種となる要素を残している。他方、帰還を希望せず、避難先で定住を希望する避難民に対して、スリランカ政府が人権問題を中心にどの様なステータスを与えるのかも新たな課題になってこよう。現在、スリランカ政府は北東部よりの国内避難民に対し、その地での定住希望を申請しても村民権(?)を与えず、IDPsとして区別し続けている。 従い、以前よりの土地定住者である村民とIDPsの間における確執が芽生えており、日常生活は言うに及ばず、教育の場に於いても差別が生じている。土地所有権及び帰還先生活権とは、①土地所有権:嘗てのスリランカは、Crown Land制度の下に土地所有権(Land Deed)はしっかりしていた。しかし、20年に亘る内戦により、所有権者の不確定化、不法占有・使用、更には、所有地が依然としてHigh Security Zone(スリランカ政府の指定立ち入り禁止区域)に指定されている為、自分の土地でありながら、安定定住出来ない等の問題が発生している。② 生活権:ジャフナ、キリノッチの半島部には漁業に従事していたIDPsが多く帰還しているが、漁業禁止地区が多い為に漁場に出ることが出来ないか、非常に限定された地域のみでの漁業である為、収穫量が少なく生活収入が確保出来ない状況に置かれている。

コロンボ市内の小中高一貫教育エリート校の校舎
北東部の小中学校の教室

 ジャフナを中心とする北東部は、13世紀頃に南インドより渡ってきたタミール人により王国が建設されて以来、シンハラ人との間に民族問題・宗教問題(シンハラ人 – 仏教徒、タミール人 – ヒンドゥー教)が芽生え始めたと言える。その後7世紀に亘り、民族問題、宗教問題は常に内在していたが、1972年シンハラ人を中心とする政府が、仏教を準国家的地位として憲法に謳ったことを契機にタミール・イーラム国独立の気運が高まり、1983年反タミール暴動が発生して以来、タミールゲリラ・LTTE(タミール・イーラム解放の虎)とスリランカ政府軍との間に戦闘が続き、それぞれの支配地の攻防戦が何度となく繰り返されてきた。この結果、1994年、北東部に住む9万人とも10万人とも言われるタミール系モスレムが、LTTE支配地より48時間以内に強制的に退去させられたことも加わり、80万人のIDPsが発生するに至った。この内戦も2002年2月、スリランカ政府・LTTE間にて停戦合意が成立し、その後、和平締結に向けての努力が双方にて続けられており、その終局が近づきつつあるとは思われるが、数百年に亘る民族問題・宗教問題 (仏教、ヒンドゥー、モスレム)、更には和平に対する認識のずれが北東部タミール人、南部シンハラ人の間に内在しており、真の和平が果たして実現するのか、その道程は山の彼方の空遠く、の感は個人的に否定できない。20年に亘る内戦が北東部のみの局地戦であり、コロンボを中心とした南部では国内避難民の流入はあっても戦禍を直接受けていないことより、和平に対する認識のずれが存在すると見ている。従い、「北東部タミール人はスリランカ政府の譲歩を条件無しに受け入れるのが筋であり、警察権、独自の徴税権等を要求するのは以ての外」との意見も根強く存在している。更に南部一般市民には、「和平交渉は政治の社会の問題であり、自分達の日常生活には関係ない」との認識が存在することも事実である。国の大半が内戦により壊滅状態に陥り、国民自らもその戦禍にさらされたアフガニスタン、ボスニア等とは状況が異なり、和平に対する国民の一人一人の認識、姿勢も自ずと異なってくることは当然の結果と思われる。 従い、スリランカに於ける民族、宗教を超越した和平は政治的解決は出来ても、民族融和による真のスリランカ・ナショナリズムを達成するには、長期に亘る民族融和教育を始めとする平和構築教育を通して、数十年間の更なる歳月を要するのではと見られる。

 この様な状況下、日本紛争予防センターは、地域指導者、住民を対象とした平和構築ワークショップ、宗教指導者を対象とした平和共存の為のワークショップ、異民族・異宗教青年層を対象としたピースキャンプ、警察官を対象とした人権教育ワークショップ等々を通じて、民族融和の原点である‘信頼醸成’構築の為の活動をローカルNGOとのパートナーシップの下、展開している。

報告者:笹井 英毅 

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