一方的な停戦宣言と国際社会による介入 | 2001/2/5 | Overview 2000年12月末から1月にかけての注目すべき動きを、以下の3点に要約した。 第一に国内紛争における軍事情勢。第二にLTTEによる一方的な停戦宣言と、その反応。そして最後に、紛争への介入を含む国際社会とスリランカとの関係である。 1.軍事情勢 (1)戦況報告 センサーシップの実施により政府軍に不利益な情報が伝わりにくい恐れがあり、その点を踏まえた軍事情勢報告であることをご理解いただきたい。12月24日からのLTTEによる一方的な30日間停戦宣言があったものの(1月24日に30日間の停戦延長が宣言された)、政府軍は過去の例や不信感から宣言を受け入れてはおらず、各地でほぼ毎日、小・中規模の戦闘は続いている。 18~22日の戦闘でLTTE は150人の死者と100人の負傷者を出した。26日には、国際赤十字によって、LTTEの30人の遺体が、LTTEの存在するWanni(ジャフナ・ラグーンを渡る)に輸送された。これは、22日の戦闘により死亡し政府軍に発見された51人のLTTEの死体のうち、輸送に耐えられるものを選んでのことによる。1995年以来、政府軍や警察、LTTEを問わず、赤十字が輸送した遺体数は2200に登る。27日には、政府軍兵士2名がLTTEの迫撃砲により死亡し、政府はcease fireが見せかけのものであると非難した。31日には、政府軍はThanankilappu町という要衝を支配し、ジャフナ市支配を決定的にした。また重要な国道や橋も支配下に置いた。1月に入って3日、LTTEはエレファントパスに面した政府軍の南部最前線への攻撃を増加させたが、政府軍は徐々に支配圏を増していった。7日、政府軍はジャフナ半島において、迫撃砲を奪還した。また、敵のシェルターを攻撃した際に、7人のLTTEを殺害した。8日には、対人地雷510個を除去した。その他、爆薬、小銃、手榴弾、魚雷、バッテリー、ブービートラップなども押収された。ジャフナにおける政府軍の作戦「Kinihira VII」は成功裡のうちに終わった模様で、昨年4月から5月にかけてのLTTEによる攻撃「間断なき波」作戦3で失った地域140平方キロメートルを支配した。この中には、戦略上重要なKaithadhi, Chavakachcheri(ジャフナで2番目に大きい), Sarasalaiなどの地域が含まれる。 またこの作戦に対抗するためにLTTEに強制動員されたタミル人の親達が、LTTEの事務所2件を放火するという事件も起こった。LTTEはジャフナ・ラグーンを渡ったPooneryn地域に撤退した。16日にはLTTE側に死者22人、政府軍側に死者18人、負傷者89人(4人の将校を含む)という最近で最も被害者の多い衝突があった(「Kinihira IX」)。17日から19日には政府軍に負傷者が数名出たが、政府は多数の武器押収やLTTE兵士への攻撃に成功し、ジャフナ一帯の支配をいっそう強めていると述べた。19日の報道では、LTTEスポークスマンであり、理論的中枢でもあるBalasinghamが、政府軍が停戦に応じないならば、Cease-fireをやめ、全面戦争をしかけるであろうと述べた。それに対し政府側は、いかなる警告にもかかわらず軍事行動は続行する、と述べた。 政府軍の発表では、9月から12月の戦闘で政府軍が268名、LTTEが777名の死者を出した。2000年1年間では、およそ4000人の死者を出した(政府軍1464人、LTTE2433人)。将校や戦闘員の負傷者は850名。また、1983年から2000年までの18年間で、合計64000人を失ったことになる。LTTE側の発表では、LTTEの18年間での死者は16333人。また一般人の昨年の被害は、死者87人、負傷者566人、また数千名のホームレスを生んだ。 (2)戦況分析 政府軍は膨大な戦費を費やして新たな軍備拡張を図った結果、昨年末からの攻勢によって支配地域の拡大・安定に成功し、A9ルートの重要な2橋梁(LTTEが撤退時に破壊)を修復するなど、生活の復旧を進めている。一方、LTTE側は昨年9月以来の政府軍側の攻撃により、エリート部隊にまで大きな被害が及んでいる模様。そのため補助部隊を前線に立たせざるを得ない状況である。そのあたりも一方的なCease fire宣言の一因となっている。また、イギリスで反テロ法が施行予定であるが、イギリスを含む海外のLTTEサポーターの資金援助に頼らざるを得ないLTTEにとってこの法律が自分達に適用されれば死活問題となり、停戦姿勢を示すことで適用を逃れたいという要因もある。 状況としては、政府軍がほぼ有利に戦況を押し進めている。また、報道外に、我々の視察研修中の話でも、レクチャラーから政府軍のジャフナにおける攻勢を聞くことが多い。政府は和平交渉と軍事行動の同時進行というシナリオを手放しておらず、昨今の優勢を背景に将来起こりうる和平交渉を有利に進めたい思惑がある。政府には停戦した上での和平交渉実施には大きな抵抗感がある。というのも1994年、Cease-fireがChandrika Kumaratunga大統領率いる政府とLTTEの間で実施された。しかし1995年4月19日にLTTE側が海軍船を攻撃することで停戦は約100日間に終わってしまった。1987年や1990年にも和平交渉を行って失敗しており、双方の間には深い不信感の溝が存在する。 (3)児童兵問題 紛争に伴い、児童兵の問題も紛争に暗い影を落としている。12月30日の政府の攻撃で、LTTE側は18名を失った。そのうちの14名は少女だった。また22日の戦闘で死亡し、遺体が発見された51名の兵士のうち、17名は少年・少女だった。この背景には、LTTE兵士の不足、さらに言えば、200年4・5月のジャフナ奪還の攻撃で多くの成年兵を失ったことにもよる。LTTEが17歳未満の児童兵を動員している件に関し、UNICEFは7月に非難声明を出している。またタミル人の人権団体もこの件を非難している。しかし、一方で、人権団体は、政府軍がプロパガンダ目的で捕虜のLTTE児童兵を利用していることも非難している。 2.停戦発表後の国内の反応 2000年12月21日にLTTEによって発表された停戦宣言後の国内の反応を以下記す。 停戦後の国内の反応は、大統領・政府・政党・軍によって多少の表現の違いはあったものの、以下のとおり大差は見られなかった。 (1)大統領 チャンドリカ・バンダラナイケ・クマラトゥンガ大統領は新年の冒頭挨拶で、スリ・ランカ国民に対し国家の繁栄のためにも和平を一致団結して達成しようと呼びかけたが、LTTEについては直接の言及を避け、「テロリズムのない平和な国家を目指す」と述べるにとどまった。 また、1月8日にはスリ・ランカ内戦を終結させることを「最も優先順位の高い問題」と述べたものの、「LTTEには永久和平という停戦以上のものをわれわれは言いつづけてきた」と語るにとどまり、LTTEによる停戦宣言に対する積極的・好意的な反応は見られなかった。 (2)スリランカ政府 政府は停戦宣言後の22日に早速反応を示し、政府を代表してアヌラ・プリヤダルシャナ・ヤーパ情報・報道大臣は、「政府はこの民族紛争を解決することに反対しない」と述べたものの、同時に「政府はLTTEがこの時期に停戦宣言した理由を承知している」とも語り、LTTEに対する警戒・猜疑心を隠さなかった。そして、24日にはラトナシリ・ウィクラマナーヤカ首相とラクシュマン・カディルガマル外相が停戦宣言について語り、「政府は両当事者間で和平交渉が開始されない限り、一方的停戦には応じられない。それまで軍事行動は進める。停戦は交渉が始まってからの話だ」と語り、強い拒否反応となってあらわれた。カディルガマル外相は29日にも、「LTTEの停戦宣言は都合がよすぎる」と述べ、あくまでも直接交渉が先という姿勢を崩さなかった。 (3)政党 政党の中で停戦宣言に対して反応を示したのはEPDP(Eelam People’s Democratic Party=イーラム人民民主党)唯一であった。EPDPはその中で、「疑いに満ちた停戦宣言」(12月23日付DN)、「LTTEは平和を欲しているのではなく、軍事力の再編をはかりたいだけ」(1月8日付DN)と述べ、停戦宣言は受け入れられないという考えを示した。 (4)スリランカ政府軍 スリ・ランカ軍司令官リオネル・バラガル中将による新年談話によれば、「平和はテロリズムに打ち勝つことによって得られる」と述べ、LTTEに対しては敵対意識を隠さず、また1月2日にはスリ・ランカ海軍司令官ダヤ・サンダジリも、「平和的解決は必要なものの、そのためには軍事力が不可欠」と述べ、停戦宣言に対しての肯定的反応は見られなかった。 3.国際社会とスリランカとの関係 (1)ノルウェーによる仲介 2000年12月20日付けノルウェー政府の声明によれば、「近い将来の交渉への以降は、スリランカ政府の声明とLTTEの姿勢とのギャップによって、妨げられている」という。ノルウェーのState Secretary Raymond Johansenによれば、両当事者は、継続中の紛争について、平和的解決の作業に向かおうとしているものと評価している。しかし、両当事者には、ギャップがあることから、両者がこうしたギャップをうめ、直接対話へのプロセスを踏むための必要なステップを踏むことを望んでいるとの声明を発表した。 2000年12月27日には、LTTE支持のウェブサイトに以下のような記事が掲載されたことを発端に、ノルウェーの仲介に対する疑念が表面化した。インドのテレビインタビューにおいて、ノルウェーの仲介者が、「スリランカ政府にタミルイーラムの要求を受け入れるよう求める」発言をしたという。さらにインタビュー内で、地方に権限を大幅に委譲した連邦制の採用を含む和平モデルの提案を行なったと報じた。これへの対応として、在スリランカ・ノルウェー大使館は、声明を発表した。今回のインタビューは、インド国営放送のインタビューに対し、Eric Solheim大使が答えたものであるとした上で、1)ノルウェーは、当事者を紛争解決のための会合、調査へむけて支援し助長する公平な第三者としての立場をとっている。2)紛争の解決は、ノルウェーの役割ではなく、当事者間の交渉にその役割と責任がある。ノルウェーは、解決のためのモデルを提示するものではない。Solheim大使は、異なるオプションが存在するという事実を示したに過ぎず、なんら特別なモデルや解決を提示したのではない。3)しかしながら、ノルウェーはインド、アメリカ合衆国、EUや他の諸国といった国際社会が繰り返し以下の内容を表明してきたことを示した。スリランカの国家としての領土一体性を尊重し、紛争解決は行われるべきである。したがって、分裂国家は適切なオプションとは、みなされないが、同時に、タミルの要求は、実質的な方法で満たされるべきである。4)ノルウェーは、紛争への経験を持っているが、スリランカのケースは、複雑で歴史に深く根ざしたものあり、解決は歴史の経験を考慮に入れたものであるべきである。これは、他のケースがスリランカにおける文脈で妥当するということを示したものではないが、そうなるかどうかは、当事者が決めることである。今回の声明により、改めてノルウェーの姿勢を明確にした。 2000年1月11日、LTTEと政府での平和的対話促進の努力再開のため、Eric Solheim特使をはじめとした5人のノルウェー使節団が到着した。ノルウェー代表は、スリランカ来訪前に、LTTE代表のAnton Balasinghamとロンドンで会合を持ち、提案を持ってスリランカ政府に提示するであろうと見られている。到着後、チャンドリカ大統領、野党指導者Ranil Wickremasinghe、Lakshman Kadirgamar外相やその他の政治指導者と会談した。クマラトゥンガ・チャンドリカ大統領とLakshman Kadirgamar外相は同席のもと、Eric Solheim特別大使とJon Westborg大使の訪問を受けた。LTTEとの交渉を前進させる観点からの意見交換を行ったが、会談の間には、政府は停戦をおこなわないと伝えたと声明で伝えている。これからも特使は、さらにLTTEと交渉を行い、その後政府との交渉を行うであろう、とされている。 (2)国際社会の対応 2000年12月18日、19日、スリランカを対象としたパリ開発フォーラムにおいて、各支援国はスリランカに対して、警察、公的サービス、選挙のための独立委員会設立を促した。ステートメントによれば、「国際社会は、スリランカにおける民主主義の低下、政治家の説明責任の欠如に関心を持っている」としたうえで、「スリランカが、パリ開発フォーラムより何を引き出してよりよい統治に向かうかどうかは、政府の姿勢次第である」と述べた。これに対し、UNPのSamarasingheは、民主主義を強めるため、独立委員会設立にむけた憲法改正の準備はすでに整っていると発言した。パリ開発フォーラムについては、国際社会から資金提供につき何のプレッジも得られなかったことから、野党側から政府の責任を追及する声もあがったが、国際社会側では、スリランカが発展を達成した結果、援助を受けるという段階を脱したものとし、今後は、一層の民主化が課題であるという認識に基づき、そのための資金、その他の支援については確約したという理解がなされている。 LTTEの一方的停戦宣言については、12月22日イギリス外相Peter Haimは、LTTEによる一ヶ月におよぶ停戦の宣言を歓迎し、スリランカ政府に対しこれを受け入れるよう促した。「すべてのスリランカ人のため、前提条件なく和平交渉のための環境作りへの第一歩となることを期待している」と述べつつ、スリランカの領土の一体性保持という解決を繰り返し支持した。 (3)対LTTE関連、国際関係の動き アメリカ合衆国とスリランカの間で犯罪人引渡し条約が発効する。アメリカ大統領ビル・クリントンは、2001年1月3日水曜日、アメリカ・スリランカ犯罪人引渡し条約の批准書類にサインした。スリランカの批准手続きは、すでに終了しており、発効のための手続きは完了したことになる。新たな条約は、独立以前のアメリカ・イギリス間の犯罪人相互引渡し条約と延長後の条約に代わるものである。アメリカ・スリランカ両国は、法の発展を考慮し、新たな犯罪人引渡し条約の必要性を認識していた。今回の新条約は、1999年9月30日にアメリカで調印されているが、調印式典において、条約は二国間関係を示したものであり、反テロリズム国際キャンペーンに対するワシントン・コロンボ両者のコミットメントの証であると表明された。 対インドとの関係では、インド・スリランカ海軍の高級レベルでの意見交換が行われた。海軍准将Daya Sandagiriがボンベイを訪問。これは、インド・スリランカ海軍、両海軍の協力関係の更なる改善を目指したもので、LTTEの海上作戦の実行に大きな影響を与えるものと注目される。こうした対話は、ここ2、3年の間継続されてきたものである。准将の4ヶ月間の滞在中には、中国、イスラエル、ロシア、アメリカを含む25カ国が参加して、International Fleet Review 2001が行われるが、在デリーのスリランカ海軍アドバイザーとの間で、International Fleet Review 2001を含めて、最新の発展につき意見交換を求められている。 LTTE支援の動きについて、LTTEはアメリカ、スリランカ、インドにおいて禁止されているが、ニューヨークを拠点としたNGO、Center for Constitutional Rights/CCRが、LTTEを含む海外テロ組織の禁止への再審理を求める申し立てをアメリカ連邦最高裁行った。原告団は、アメリカに基礎を置く5つのスリランカ・タミル組織とアメリカ市民権を持つジャフナ出身の外科医などとされている。 また、インドのMDMK, general secretaryのVaikoは、LTTEへの支援を継続すると発表した。同氏は、2001年1月1日に行われた党の会合において、スリランカ軍がタミル・イーラムに対する一貫した虐殺行為を行なっているとの見解に基づき、同党はLTTEへの支援を行っていると述べ、LTTEの停戦宣言直後、暴力は一層ひどいものになっているとクマラトゥンガ・チャンドリカ大統領政府を非難した。 イギリスでは、反テロリスト法の発効前、Balasinghamが、イギリスはLTTEを海外テロリスト組織としてリストに載せないよう嘆願した。これはLTTEの所有する新聞Tamil Gurdianを通じてなされたもの。同紙は、イギリス、カナダ、南アフリカで出版されている唯一の英字紙で、在イギリスの各国大使館や英国外務省に無料で配られている。Balasinghamによれば、以下により、イギリスは、LTTEを禁止すべきではないとしている。1.イギリスの中立な立場を害し、紛争解決における重要な役割を演じることを妨げるものであることより、現在のPeace Processを損なうということ、2.イギリスの決定は、スリランカで苦しみ、LTTEによって政治的闘争を推し進め、また支持されているタミル人の利益を害するものであること、3.イギリスは、1000万人に及ぶ世界中のタミルコミュニティを深く失望させること、4.そもそも、LTTEは、国際テロ組織ではない、ということをあげている。 以上 |