スリランカ及びカンボジアのプロジェクト現場を視察して
2004/3/3
 
日本紛争予防センター
副会長 堂之脇光朗

はじめに
 2月16日から21日にかけてスリランカ及びカンボジアを訪れてきました。これらの国にある当センターの事務所の職員たちを激励し、本年1月から正式に発足した2つの画期的なプロジェクトの現場を視察するのが主な目的でした。スリランカは月曜日から水曜日まで、カンボジアは木曜日から日曜日まで、そしてコロンボ・プノンペン、プノンペン・成田間の移動はいずれも機中泊という駆け足の出張でした。当センターの出先事務所の職員たちが現地の人たちと協力しながらこれらのプロジェクトに情熱をもって取り組んでいる現場を見せてもらって、大いに勇気づけられました。激励する側の私の方が元気をもらってきたようなものです。

スリランカ
 スリランカの首都コロンボでは月曜日の午前に杉原JICA所長と須田大使を表敬訪問しましたが、午後、地雷除去プロジェクトが行われるバブニア地方へ出発する前に、当センター代表事務所で地元のNGO、National Peace Council(NPC)の幹部のペレラ氏と懇談しました。同氏とは当センターが設立される前の1998年に私が日本国際フォーラムの「予防外交国際研究グループ」の座長として訪れたとき以来のお付き合いで、NPCと当センターとは現在でも「市民平和会議」を共催するなどして協力関係を続けています。
 スリランカでは昨年暮れ以来大統領と首相の対立が尖鋭化して国会も解散され、4月2日には総選挙が行われる事態となっていますが、ペレラ氏の話ではどちら側が国会の議席で多数を占めるかは予断を許さないとのことです。どちら側も絶対多数はとれないので、少数派のLTTE系の議員たちがキャスティング・ボートを握って発言力を強める結果となり、大統領側が予想を裏切って反政府のLTTE側と手を組み、和平が急進展するシナリオすら考えられるとのことでした。
 政府側の内紛のおかげで和平交渉が停滞しているのは事実ですが、2年前からの停戦は今でも維持されており、交渉が後戻りしていないのも事実です。6年前に私が訪れたときは未だ内戦がたけなわで、当時の国防大臣はあと500億ルピー(約3億ドル)あればLTTE勢力を制圧できるとしていました。当時の杉山大使などは国防費が年間約9億ドル、GDPの約6.5%にも達するスリランカでの内戦の経済的損失を考えると3、4年ごとにGDP1年分が失われる計算になる、と嘆いていたものです。
 当時とくらべると状況は一変していました。当センター代表事務所の笹井代表、鈴木職員といっしょにバブニア出張所まで片道約6時間をかけてマイクロバスで移動したのですが、首都コロンボはもちろん、どこに行っても平和な日常生活があふれていました。首都から遠くなるにつれて道幅も2車線へと狭まり渋滞続きの道中でしたが、学校の運動会に家族たちが大勢集まっている情景なども何度か見かけました。
 2つの支配地域が存在するとの現実を容認した上で、もう2度と戦うことはせず、平和を築きたいとする気持ちが人々の間に強まっていることが感じられました。後述する当センターの地雷除去プロジェクトは政府側支配地域で行われますが、LTTE側支配地域でも地雷除去プロジェクトが進められているので、和平への流れはほぼ不可逆的であるように思われます。スリランカは、まさに「平和定着」のための諸活動にふさわしい国へと変貌しつつあるのです。
 LTTE側の支配地域との接点にあるバブニアに近づくにつれて政府軍関係の施設などが多くなり、緊張感は若干増しますが、バブニアの町は人通りで賑わい、旧来の青空市場に加えて新しいスーパーもできるなど、ここにも消費文明の波は押し寄せていました。国際赤十字やUNDP事務所、内外のNGO事務所、LTTE政治代表事務所などもあり、国境の町というよりは国際小都市の様相を呈しておりました。
 バブニアの町から西に「マナー通り」が延びていますが、当センターのバブニア出張所はその通りに面した独立家屋に開設されていました。私たちが到着したのは火曜日の朝でしたが、辰巳職員は現地で採用した40名余りの地雷除去作業員たちの教育訓練の第2日目で多忙中、一志職員は折からアフガンで不発弾処理訓練を受けていて不在中とのことで、野田職員が応対してくれました。小ざっぱりした出張所には携帯型地雷探知機など作業員たちに必要な資機材が次々と到着しつつある状況でした。
 当センターが行う地雷除去プロジェクトは1月12日のプレス・リリースでも述べられているように、外務省から「日本NGO支援無償資金協力」の助成を受けて行われるものです。これまで日本政府は数多くの外国の地雷NGOに資金、機材協力を行ってきており、また一部のわが国のNGOによる住民への協力呼びかけの啓発事業や、地雷被害者救援事業なども支援してきましたが、わが国のNGOによる地雷除去活動そのものを支援するのは今回が初めてです。
 私たちは、バブニア出張所に立ち寄り後、マナー通り沿いの近くの工業専門学校に向かい、その校庭で行われていた地雷除去作業員たちの訓練状況を見学しました。当センターは提携団体であるDDG(Danish Demining Group)の指導のもとに昨年7月から数ヶ月間をかけて辰巳、一志両職員を地雷除去テクニカル・アドバイザーとして育成してもらいましたが、これから行われる当センターの地雷除去プロジェクトにも引き続きDDGのデンマーク軍テクニカル・アドバイザー1名が辰巳、一志両名とともに作業の監督に当たってくれる予定です。作業員たちの訓練は、そのデンマーク軍人と辰巳職員とが交互に英語で行い、現地通訳がそれをタミール語に訳す形式で行われていました。
 40名余りの現地作業員たちが当センターのJCCPのマーク入りの黄色や緑のTシャツを着て、目の前に防具や工具を広げ、ポリ・バケツを逆さにして椅子代わりに座り、真剣そのものの目つきで講義に聞き入っている情景は壮観でもありました。途中で1人の作業員が立ち上がって、ひざから下に防具がないのはなぜか?と質問していましたが、デンマーク人のテクニカル・アドバイザーが、主として長い熊手で行う作業であるので万が一の事故の場合でも破片物が飛び散る角度は腰から上であり、しかも炎天下の高気温の中での全身防護は暑くて仕事にならない、などと説明する場面もありました。
 この訓練期間は約1ヶ月続き、3月中旬からは約10ヶ月間、実際の地雷原での本格的作業が行われる予定です。現地作業員たちへの私の挨拶の中でも述べたことですが、わが国最初のこの地雷除去プロジェクトが無事、成功裡に終了し、スリランカでの平和の定着に役立ってほしいとの切なる思いをあらたにしました。
 私たちは訓練場を後にしてマナー通りをさらに西に進み、実際に地雷除去作業が行われる地雷原の状況を野田職員の案内で視察しました。反乱軍の攻撃に備えて政府軍が埋設した地雷が放置されていて、住民たちはいまだに村に帰れないでいるとのことでした。そのあと、午後にはバブニア地区のガナッシュ行政長官に会いにいきました。前任者はゲリラに殺害され、その前任者たちも長続きしなかったという中で、8年ほどもの長い期間現職をつとめているガナッシュ長官は「仕事の鬼」と呼ばれるほど謹厳実直な、人望の高い方でした。同長官は壁に地雷原などを色つき虫ピンで示した大きな地図がある執務室で、わが国が初めて手がける地雷除去プロジェクトの重要性は十分に認識しているので、全面的に協力しますと約束してくれました。
 そして、短い滞在でしたが、笹井代表と一緒にバブニアを後にして長い道のりをかけてコロンボに戻ってきました。翌水曜日の午前中には地元NGOのSAPI(South Asia Partnership International)のアルプタラジ所長主催で、NGO関係者10数名との小型武器問題に関する懇談会に出席しました。続いて、旧知のゴダゲ元外務次官、ダナパラ前軍縮担当国連事務次長と昼食を一緒にしましたが、その場でのゴダゲ元外務次官の勧めにより、経済改革・科学技術大臣を辞任したばかりのモラドガ前大臣に会いに行きました。
 ところが、そのモラドガ前大臣から、実は4月2日の国会議員選挙に立候補することになり、その旗揚げ集会がこれから行われ、ウィクラマシンハ首相も来てくれるので是非同行してくれと頼まれました。会場は近くの由緒ある仏教寺院で、大勢のマスコミ取材班がつめかけていました。同首相が2002年12月に来日された際には当センター主催で昼食・講演会を開催しましたが、首相はそのことをよく憶えておられ、私は首相の隣に座って首相の次に式台の蝋燭に火を灯すはめとなりました。これは、全く予期せぬハプニングでした。

カンボジア
 私がカンボジアの首都プノンペンに着いたのは2月19日の木曜日の朝でしたが、その日の午後一番に同地の当センター代表事務所を訪れました。昨年10月に引っ越してきたばかりで、1階に10数名は座れる会議室などがあり、2階が田中代表以下職員たちの執務室で、調度品も新しそうで快適な事務所でした。その会議室で田中代表、鳴海、寺西の両日本人職員、そして仕事でプノンペンを離れている2、3の現地職員をのぞく約10名の現地職員と小一時間懇談しました。田中代表と私を別とすれば、みな大学卒で英語もできる20代の若い人たちばかりで、当センターの職員として働くことを嬉しく、誇りに思っている気持ちがよく伝わってきました。
 このあと、高橋大使およびJICA事務所の三次次長などを表敬訪問し、夜は高橋大使公邸での夕食会に出席しました。夕食会といっても、内務省のプルム・ソカー民事担当副大臣、エン・サム・アン警察担当副大臣、外務省のロング・ヴィサロ副大臣といった論客を招いて下さっていたので、小型武器軍縮の話題を中心とするワーキング・ディナーとなってしまいました。20年も続いた内戦の傷を1日も早く癒して平和国家として立ち直りたいとするカンボジアは、ASEAN諸国の中でも武器回収、廃棄に最も熱心な国です。ごく最近でも、旧ソ連製の携帯型地対空ミサイル200発余りの破壊をアメリカに依頼した最初の国として世界の注目を浴びたばかりです。
 翌日の金曜日は1日かけて「武器回収・農村開発事業」の現場を視察しました。この事業はJICAの平成14年度草の根技術協力事業として承認されたばかりのものですが、当センターが2年ほど前からWeapons for Developmentプロジェクトと称してカンボジア各地で積んできた実績をふまえたものです。小型武器の回収、破壊そのものは行いませんが、郡とか村単位で警察や軍の了解を得て住民に武器の拠出を呼びかけ、拠出の成績がよい村などには、それと引き替えに井戸や貯水池などを提供する事業です。
 午前中にはプノンペンの北約100キロのカンポン・チュナン州のカンポン・トララッ地区公会堂での会合に田中代表、鳴海職員などと一緒に出席しました。地区長官や軍、警察の代表者、地区内の村の代表者など2、30人が参集しての1時間ほどの会合でした。私も地区長官の挨拶に続いて、現地職員のチュン・シーテット君の通訳つきで話をしました。続いて同君によるクメール語での事業内容の説明があり、最後にシーテット君の補佐役の現地職員グオン・プロス君が今後数週間かけて行われる村単位での会合日程の確認などを行っていました。
 そのあと、州の首都に赴いてソウ・ピリン州知事と昼食をご一緒し、午後からは再びトララッ地区に戻って、カ・オルト村での会合を傍聴しました。この会合は午前中の集会に来ていた同村の村長が招集して行われました。私や田中代表、鳴海職員は木陰の下の椅子に座って傍聴するだけで、40人ぐらいの婦人や子供たちを中心とする村人たちが地べたに座っての会合でした。現地職員で先輩格のシーテット君の監督のもと、もっぱらプロス君がクメール語で村人たちに話しかけていました。
 プロス君が色刷りの絵入りリーフレットを配って、「武器所持が非合法なことを知っているか?」とか、「警官は好きか?」などと聞いていましたが、皆が口々に「警官は呼んでも来てくれない」とか、「好きではない」などと答えているところに、その村駐在のお巡りさんが遅れて自転車で到着する場面もありました。ジョークを交えて笑わせながら、村民たちの関心をそらさないように話しかけるプロス君の話術には感心させられました。回収武器の数も大事ですが、このような啓発活動それ自体にも大きな意義があると思いました。
 翌日の土曜日にはわが国のNGOで不発弾処理を行っているJMASの事務所を訪ね、山田代表の話をお聞きしました。そのあと、JSAC(日本小型武器対策支援チーム)の工藤、源馬両マネージャーと懇談しました。JSACは昨年来外務省の「平和構築のための無償資金協力プロジェクト」をカンボジアで行っているところです。具体的には小型武器の削減と開発プロジェクト、破壊プロジェクト、管理・登録支援プロジェクト、意識向上プロジェクトなどからなる包括的な事業です。カンボジア政府に対する支援が主という意味では当センターの事業とは性格が異なっており、多少重複する面があることは否定できませんが、相互補完的な面が多いように思いました。
 私のカンボジア訪問は大体以上のとおりでしたが、実はスリランカと同じく、カンボジアでもハプニングがありました。すでに述べたように金曜日の昼はカンポン・チュナン州のソウ・ピリン知事とご一緒したのですが、午前11時半との約束で、少し遅れて知事事務所を訪れたところ、知事は不在で誰も行く先を知らないとのことでした。その後ご一緒するはずのレストランに行ってみても知事は来ていませんでした。「ドタキャンはよくあること」などと話しているところに、レストランの従業員がやってきて、知事公邸なら知っているから案内するとオートバイで先導してくれました。知事は在宅で、「どうぞ」と中に案内されてお会いすることができました。先方から「10分たっても来ないからドタキャンされたと思った」と言われたのには、こちらが赤面しました。
 それから、予定どおりレストランにご一緒したのですが、そこで私から「当センターJCCPの会長は明石氏で、私が副会長だ」と話したところ、知事は「ヤスシ・アカシならよく知っている。それなら、貴方もアブノーマルだ」と、何度も「アブノーマル」を繰り返したのです。「通常ではない、VIPの人だ」との趣旨であることにはすぐ気がつきましたが、この話をあとから聞いた当センターの現地職員たちは大喜びで、「副会長がアブノーマルなら、田中代表もアブノーマルだ」ということになってしまいました。

おわりに
 話がやや脱線しましたが、今回私が訪れたスリランカとカンボジアは、いずれも紛争の再発予防、平和定着との見地からすれば大いに希望が持てる国です。カンボジアの方が何歩か先んじていることは間違いありませんが、当センターはこの両国で意味のある平和構築プロジェクトを手がけています。現地の笹井、田中代表をはじめ邦人職員、そして現地職員や作業員たちも、情熱をこめてこれらのプロジェクトに取り組んでおりました。つきましては、日本政府や関係機関の関係者はもちろん、当センターの会員や一般読者の方々にも引き続き多大なご理解とご支援を下さるようお願いする次第です。

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