| 当センターが識字教育事業を実施しているカンボジア東北部ラタナキリ州を訪問した時のこと、「米は食べられるが、教育は食べられず、空腹を満たしてくれない」とある少数民族の村人から聞いた。ここでは教育の優先順位は低く、日々の糧を得るのが精一杯で、とても教育まで手がまわらないというのが実情だ。 そんな彼らは、農村部で今でも伝統的な暮らしを送っている。その伝統をいくつか紹介したい。 ラタナキリの少数民族の女性は15歳から結婚するまでの間、家族とは別の小屋で寝なければならない(写真左に見える小さな家が女性の家、右側が母屋)。理由は、外部にその女性が結婚適齢期であるということを知らせるためである。男性はこれを見て結婚相手となる女性を探すのである。 また、病人が家にいると、家の壁に草をつけて厄除けをする。ここでは病気にかかるのは、悪霊が宿っていると信じられているからである。また人が死ぬと、家畜を殺して厄払いすることが多い。 ラタナキリでは「ひょうたん」を見かけることが多い。首都プノンペンでは日常目にすることはほとんどないが、ラタナキリに行くと、各家の軒先にたくさん並べられてあり、また道端を歩く女性や子どもが背負っている籠の中にはたくさんのひょうたんが入っている。ひょうたんを水汲みに使っているのだ。村には井戸がないところが多く、村人は川まで水を汲みに行くが、ここではバケツやオケの代わりに籠いっぱいのひょうたんに水を入れて運んでいる。 このような暮らしの中でも、教育を受けたことのある人からは「米は食べたら数時間で消化してお腹がすく。しかし、教育はその後もずっと残っていく」と、教育の大切さを訴える声が聞かれる。 報告者:寺西 悦子 |