カンボジア現地レポート:特定非営利活動法人日本紛争予防センター(地域紛争を予防するための民間セクターです:紛争予防,予防外交,地雷,小型武器,DDR,平和構築,スリランカ,カンボジア,アフガニスタン,内戦,平和,紛争,戦争,予防,国際,NGO,NPO,民族紛争,地域紛争,国際関係,人権)
「タイ大使館焼き討ち」
2003/2/24

 去る1月29日夕刻、日本大使館のすぐ隣の、タイ大使館前で大学生を中心にデモを行っていた1000人余りの民衆が突然暴徒化し、タイ大使館内に乱入し、持ち込んだガソリンに火をつけ、タイヤや書類などを燃やして、気勢をあげた。館内は炎につつまれ、中にいた大使ならびに館員は軍用機で国外に難を逃れた。

 その後暴徒たちは、市内各地で、タイ人が経営するホテル、携帯電話会社、セメント会社、航空会社、テレビ局を襲撃放火、さらにはタイ人の住居などに侵入した。その間多数のモーターバイクが街頭を走り回り、市内は騒然となった。警察はこれに対応できず、一時は無法都市と化した。

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タイ大使館前の道路の様子
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タイ大使館(煙は後方にあるホテルから出ているもの)

 翌日フンセン首相はテレビ会見を行い、国民に平静を呼びかけると同時に、タイに対して陳謝し、損害賠償に応じる姿勢を示した。しかしタイのタクシン首相は、これに納得せず、国境を閉鎖するとともに、タイ人の保護のために軍隊の派遣を示唆し、事件関係者が逮捕されるまでは国交を中断すると言明するなど、両国の関係は一気に悪化した。

 誰も予想だにしていなかったこんな事件が突如として、今なぜ起こったか、実のところはっきりしていないが、この事件は例えば襲撃する場所も事前に選定されているし、放火の際に相当量のガソリンを撒いているが、これらはとっさに準備できるものではないことから、周到に準備されたものであるとも思える。ただ直接のきっかけは、或るタイの人気女優がカンボジア公演に招待された際、その条件として、アンコールワット遺跡は、もともとタイのものなので返してくれないとカンボジアに行かないとメディアを通じて発言した由で、この女優の発言に対し、フンセン首相が、事件が起こる直前の1月27日に、彼女のこの発言を取り上げ、歴史を知らないものの発言で、アンコールワットの庭に生えているたくさんの草の中の1本にも相当しないと非難の声明を出した。それに挑発され、呼応したかのようにして、1月29日のデモが発生したと一般にみなされている。

 私は、たまたまこの時期、この事件のひとつのきっかけにもなったのではないかと思われるような事に遭遇した。カンボジア北部でタイ国境を分けているダンレク山脈の国境線上に、プレビヘール寺遺跡がある。この遺跡は11世紀に建てられたもので、現在破壊が相当進んでいるものの、歴史的、芸術的にも価値ある遺跡で、その帰属を巡って、以前両国が争ったことがあり、国連が最終的にカンボジア帰属を決定したという曰く付きのものである。タイはこの遺跡を観光資源として利用しようとして、タイ側からの道路を整備し、観光バスを走らせ観光客を送り込んでいる。これに対し、カンボジア側からは、道路は整備されておらず、外国人観光客はおろかカンボジア人でさえも訪れる人は非常に少ない。カンボジアの兵士が常駐して遺跡を守っているものの、貴重な文化遺産がタイに流出しているとの疑惑が絶えない。

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プレビヘール寺遺跡

 かたやこの遺跡は、1980-90年代の内戦時代にはポルポト派が立てこもり、政府軍との間で激しい戦闘が行われたところでもある。付近には数知れないほどの地雷が今尚埋設されたままになっている。遺跡と地雷という奇妙な取り合わせが並存している。

 この地域で、我々は武器回収のキャンペーンを行う計画を立てた。1月25日午後5時ごろ、我々一行が麓の村に到着し、山の頂上に見えるプレビヘール遺跡に登るべく一服していたところ、ちょうど3台のバスに分乗した学生の一団250名ばかりが到着した。聞いてみると、プノンペンの大学生たちで、早朝3時ごろプノンペンを出発して14時間かけてやってきたという。ここから徒歩で3~4時間かけて山頂の寺まで登り、今晩はそこで野宿をする予定だという。私たちには、とてもそのエネルギーはないので、ピックアップトラックをレンタルして登ることにした。道はほんの2週間ばかり前に新設されたばかりでまだ固まっておらず、砂地の急斜面をスリップしたり、立ち止まりながら登っていく。途中道の両側には地雷の存在を示す赤色の看板が立て続けに立ててあり、車がスリップするたびに、そこに突っ込まないか、ひやひやさせられた。

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プレビヘール寺遺跡に登るピックアップトラックの様子
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プレビヘール寺遺跡敷地内の地雷警告の看板
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プレビヘール寺遺跡周辺から見つかった不発弾

 それでも、30分ほどかけて頂上にたどり着いた。そこはもう遺跡の中で、一寸した平地になっており、みやげ物を売っている店もある。駐車場から一寸階段を下ったところの谷あいがタイとの国境になっており、カンボジアの警備隊が家族とともに生活しながら警備にあたっている。バラック建ての家が並んでいて、国境を越えて入ってきた日用品、駄菓子、飲み物、みやげ物などを販売したり、食事を提供したり、また宿泊もできるようになっている。

 国境のゲートは目の前で50メートルもない。以前はタイからの観光客がたくさんあったそうだが、昨年発覚したこの遺跡をめぐるタイ・カンボジア政府役人間の収賄汚職事件の影響で、現在は金網に鍵がかけられ、通行止めとなっている。

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カンボジア側から見たタイとの国境の様子
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プレビへール州の村の子供たち

 夕食はゴハンの上に焼き鳥を乗せただけのもので済まし、頭上に輝く星空を眺めながら、ドラム缶に貯めた水をかぶり、早々に、蚊帳をつるした竹のベッドにもぐりこむ。普通は物音などしない静寂の山中のはずだが、しかしこんなところにもカラオケがあり、山じゅうに響くような大きな声で、だれかが下手な歌を怒鳴っている。そのカラオケの声も何時しか終り、しばらくたった頃、突然銃声が静寂の闇を破った。何事か、誰か国境を越えようとして撃たれたのかなと思ったが、それ以上の銃声が続かないのでそのままにして眠った。

 翌朝警備隊の人の話によると、昨夜の銃声はタイ側から発砲されたもので、おそらく頂上に到着した、例の大学生たちの、たくさんの懐中電灯が動きまわるのを、タイの警備隊が見て、軍隊が集結していると勘違いをして、カンボジア側に向かって威嚇発砲したのではないかという。最近新しい黄色の制服の警備隊に交替してから、関係が緊張し、かかるトラブルが多くなったという。翌朝、案の定学生たちが、金網の国境ゲート付近に集まってきて、この挑発行動に対して、タイ側に対して抗議行動らしいものを行っていた。学生たちは27日の夜プノンペンに帰ってきたはずなので、29日のデモには、あの遺跡で起こったタイからの挑発発砲を体験した人たちも、参加したのではないかと推察している。

 一方この事件が起こった背景についてはかなりはっきりしているように思う。歴史的にみると、カンボジアは12世紀のアンコール朝時代は、その勢力が現在のタイ・ベトナムの一部にまで及んでいた強大な国であったが、その後15世紀に都のアンコールワットがタイ(アユタヤ朝)に攻め込まれて放棄遷都、さらに18世紀末にアンコールワット遺跡のある西北部地方はタイに併合された。その後この地は19世紀にフランス植民地になったときにカンボジアに取り戻されたが、第二次世界大戦中日本の占領下で又タイに割譲され、日本の敗戦とともに再度取り返されて、現在にいたっている。今では領土問題は一見決着しているように見えるが、カンボジア人はこのような変遷を忘れておらず、いまでも決して気持ちを緩めていない。心の奥底にアンコール時代の栄光の誇りと同時に、東西をベトナムとタイの両大国にはさまれ、諸外国に翻弄されて苦吟している自分たちの現在の姿に、やるせない気持ちを抱いているように思われる。

 他国製商品が市場にあふれ、主要な商業活動は外国人に握られ、貴重な収入源の観光客も、他国の飛行機でやってきて、他国人が経営しているホテルに泊まり、他国人が経営しているレストランで食事をしていくなど、カンボジア人の懐に入るところはわずかである。家庭では他国製のテレビで、他国製のフィルム、番組を観る。国の財政も外国からの援助に頼っているため首根っこを押さえられている。10数箇所あるタイ国境ゲートでは、タイ資本によるカジノ場が開かれ、タイ人が自由に出入りしていて、実質上の領土侵犯の様相を呈している。これらの現象は、心あるカンボジア人にとっては、経済侵略、領土侵略、文化侵略と写り、さらには外国人たちが自分たちを見下していると感じるようである。今回の事件についても、焼き討ちは行き過ぎで、今後の影響を心配する人もいるが、学生たちが取った行動には日頃から自分たちの胸の中に鬱積していた鬱憤を晴らしてくれたような気がするのか、一般の人でも同情的な意見が多い。

 事件が起こって約10日以上経ち、その後いろいろな動きがでてきている。政府は今回の事件はメディアによる虚偽の報道も原因しているとして、新聞の責任者を逮捕したり、タイ女性が登場しているテレビのコマーシャルの放映を禁止したり、フンセン首相のライバルと目されている人気のあるプノンペン市長を解任したり、いろいろと手をうっているように見える。しかし最大の眼目は、事件の背後には、野党であるサムランシー党がいると指摘し、サムランシー党首を逮捕しようとしていることである。これに対し同氏はすでに地下に潜り居所不明、野党側は今回の事件は、フンセン首相自らが挑発してきっかけを作ったものだとして、首相の責任を追及し、退陣を要求したデモを行うなど抵抗姿勢を強めている。

 本事件が今年7月に行われる総選挙を目指した、国内の政治抗争の具に転化される形勢になりつつある。今回の事件の根底に、経済社会文化の面でのコンプレックス感情があるとするなら、それをいかに払拭し、国民の意識を高めるためにどうすればよいのか、今後かかる事態が再び起こらないようにするためにはどうすればよいのかというような建設的な議論がされるべきで、これを相手をつぶすための政争の具にするようであれば、そういう対応しかできないカンボジア人は、それこそ問題であろう。

 私はこの機会に、身近なカンボジア人たちとディスカッションしてみたが、彼らは、この事件は若者たちが独自の判断で行ったものではなく、背後に外国勢力が介在している可能性を指摘していた。これは一寸うがちすぎている嫌いがあるような気もするが、もしそうだとするならば、自分たち一人一人が他人に迷わされず、自分で正しい判断、行動ができるような力をつけることが大切だと話した。これは長い時間と大きな努力を要することで、簡単には行かないことだとは分かっているが、カンボジアが今後しっかりした国になるためにはそれしかないようにも思われる。長い歴史の間、他国によって翻弄され、それに加えて内部の相克で自分自身の力を弱め、社会秩序を破壊した、この国の人々の意識は何時になったら元通りになるであろうか。

報告者:田中 剛

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