2005/5/31
職業訓練とともに学ぶ「希望とは何か」
カラコン郡における元兵士社会復帰支援プログラム

JCCPでは外務省のNGO支援無償資金協力事業の一環として、2004年12月からカブール州カラコン郡、ミルパチャク郡の2郡において元兵士の社会復帰支援プログラムを実施してきました。本プログラムは本年6月まで実施予定です。最終段階に向けたプログラムのカラコン郡における実施状況を報告します。

カブール市から車で北に向かうこと約1時間、カラコン郡はタジク人中心のコミュニティーです。失業率約60%といわれる同郡では牧畜・農業以外の産業がほとんどありません。1979年に始まった対ソ連戦時代にはカブールからタジキスタンとウズベキスタンに続く幹線道路が同郡を縦断していたために、激戦区となりました。道沿いには当時最前線に加わった兵士たちの墓地が今も残っています。荒らされた農地や破壊された家屋のほか、郡内に散在する地雷など、23年間に及ぶ戦争の傷跡はいたるところに深く残っています。カラコンでは多くの人が子供の頃から銃を突きつけられ家族を失うという経験をしてきました。一方で、幾多の内戦を経て、土地、家畜、家を破壊された人々に残されたのは、自ら銃を取り戦うことでした。こうしてタリバン時代には、村人の多くが否応なしに内戦に巻き込まれていったのです。JCCPは武装解除した元兵士の多くが無職状態にあるカラコン郡の地域復興を目指して、同郡で元兵士の社会復帰支援プログラムを実施してきました。

カラコンの村。住民の60%が失業状態にある同郡では牧畜と農業以外の産業はほとんどない
JCCPプロジェクト・サイトの周辺の風景。戦争で破壊 さ
れた 塀の跡がある草原で地元の農民が放牧している

●81名の元兵士に職業訓練:学校や病院などに椅子やフェンスを提供
JCCPは同郡において住民を対象としたニーズ調査の結果、金属加工、木材加工の2つの技術修得訓練を選定しました。現在、カラコン郡とミルパチャク郡合わせて81名の元兵士が職業訓練に参加しています。カラコン郡では木材加工に24名、金属加工に28名の訓練生が所属し、週6日、毎日1時間の基礎教育、3~4時間の職業訓練、1時間の平和教育、また週一日の地域奉仕活動を含む過程をこなしてきました。

金属加工では、訓練生は巻き尺、定規、目盛りの読み方やグラインダー、金属裁断機の使い方に始まり、窓枠、机、椅子、フェンス製作の応用技術を学んできました。一方、木工加工においても金属加工と同様にローマ・アラビア数字の読み方、インチとセンチの学習、角度の知識習得、図面の書き方の習得後、机、椅子、キャビネット、テーブル、ドア、窓枠などを製作しています。元兵士たちの製作した机や椅子はNGOなどを経由して学校建設プロジェクトに使用されるなど活躍しています。生産数は1ヶ月で約250セット。本プログラム期間においては現在までで、合計約700セットの机と椅子を作製し、カブール周辺の学校に運び込みました。また、金属加工クラスの訓練生たちが製作したフェンスは郡内の2つの学校と1つの病院で使用されています。

カラコン郡のJCCP職業訓練場。建物の外に
は日干しレンガで造った古い壁が延々と続く
木工加工のための職業訓練場

元兵士たちが製作したキャビネット。より洗練された製品作成のためにはさらなる技術の習得が課題だ

●就職に向けて
地元コミュニティーの認知度も高まっている本プログラムですが、今後の課題は訓練生たちの就職です。プログラム終了後の訓練生の希望は1.会社を作る、2.店を持つ、3.職業訓練インストラクターになる、など様々です。技術習得だけでは終わらずに、今後、生活の糧にするためには、大型機械を使ったより高度な技術の習得や経理・会計の仕方、需要と供給の知識、仕入れと売上、利益の出し方などについて理解を深めることが必要です。職業訓練では訓練生たちは生産のデッドラインなどを学んできましたが、今後は生産管理スキルなどを身に付けていくことも目標です。

●訓練生、アブドラ・ハンさん:家族との絆を取り戻す
特に優秀であると評判の金属加工の訓練生、アブドラ・ハンさんは、JCCPプログラムに参加したことは大変意義があったといいます。ハンさんは戦争前はコックでしたが、タリバン政権中の5年間を兵士として戦闘に加わってきました。タリバン政権崩壊後、銃を捨てて、しばらく無職でしたが、その後JCCPプログラムに参加しました。

ハンさんがJCCPプログラムで最も楽しんでいるのは職業訓練と並行して実施している平和教育です。「クラスでは人生の良い面や他人に対する態度、人との関係について学んだ」また、平和教育は「銃を持つことは意味のないこと」だと教えてくれたといいます。平和教育を楽しんでいるのはハンさんだけではありません。クラスでは常に活発な意見交換がされています。「平和」な村を見たことのない若い訓練生は当初シニカルな態度でクラスに臨んでいましたが、積極的に議論に加わることで、平和の概念を知り考え方が少しずつ変ってきました。「私の人生は終わった」と話していた訓練生が今では自分だけでなく家族、子供たちの未来に希望を持ち始めました。

「平和教育は銃を持つことは意味のないことだと教えてくれた」という元兵士のハンさん。JCCPプログラム参加中に日本語も覚えたまじめな訓練生だ

ハンさんの生活にもJCCPプログラムに参加してから大きな変化がありました。一つは家族とともに過ごす時間が増えたこと。兵士として戦っていた5年間は、戦火をくぐって故郷に帰ることは難しく、敵に見つかる恐れから村への移動が制限されていました。銃を持つハンさんは40日ぶりに帰った村で怒りや冷たい反応で迎えられたこともありました。家族に「銃を持つ生き方はどんな生き方だ」と非難されたこともあったとハンさんは振り返ります。

しかし、戦時中は家族との関係が良くなかったようですが、プログラムに参加してから家族の態度と家庭に対する考え方が変ったといいます。「今では家族はとても幸せそうだ。夜には必ず帰ってくるし、私が日中は働きながら勉強して、家族を支え、国のために良いことをしていることを知っているからだ」銃を捨てるという決断は自分1人のものでなく、家族の決断でもあったとハンさんは語ります。「もう一つ重要なことは私自身、今とても幸せだということだ。クラスから多くのことを学んで家族への態度も見直すようになった。昔は妻、母や妹たちが写真にうつることを許さなかったけれど、今では止めたりしなくなったよ」

●「真の里帰り」を実感
訓練生たちの多くが、プログラムに参加することで、真の里帰りを果たしたと感じています。例えば、プログラムで製作した机や椅子が地元の学校で使われることになったとき、多くの訓練生たちが感動したと語りました。彼ら自身は幼い頃から戦争に巻き込まれ、学校で学ぶ機会を捨てて銃を取りましたが、自分たちが作った机が学校に運び込まれることで自分が生まれた土地の子供や村人そして家族に誇ることができると喜んだ元兵士もいました。訓練生たちはプログラムで学んだことを確実に未来への希望に変えています。

訓練生同士も数ヶ月間ともに学ぶことで、家族のように親しくなり、将来一緒に店を持ちたいといった夢を語り合うようになりました。「訓練生はみなそれぞれの将来のために何かを学んでいる」とハンさんは語ります。今後、プログラムに期待することはさらなる技術習得ために訓練を積んでいく機会を与えられることで、「金属加工の専門器具のほかに機械の使い方も学んでいきたい」ということです。JCCPのプログラムに参加したことを大変誇りに思っているというハンさん。残り期間をさらなる技術習得と平和を学ぶことに専念します。

報告者:アフガニスタン代表事務所
プログラム・オフィサー
横山 理子


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