パレスチナ経済と紛争予防
2001/6/12

 2000年9月末にイスラエルとパレスチナ人との間で大規模な衝突(Al-Aqsa Intifada) が始まって以来、その影響は様々な分野に波及した。イスラエルとパレスチナ人の間の経済交流は麻痺し、失業者は双方共に膨れ上がり、観光名所が豊富なイスラエル・パレスチナ地域への旅行客は激減した。

 今回は、衝突発生後の経済問題、特にパレスチナ人の一般生活に焦点を当てて報告したい。

 元来、パレスチナ人はその日々の経済活動をイスラエル経済に従属する形で補ってきた。労働市場・対外貿易・金融市場・インフラストラクチャーなど、パレスチナ経済はその大半をイスラエルのそれに依存してきた。今回の両者間の衝突が発生するや否や、イスラエル政府は即座にパレスチナ自治区を封鎖し、結果パレスチナ経済は混迷を極めることとなった。約13万人のパレスチナ人労働者は自治区から外へ働きに出ることを妨げられ、イスラエル国内ほかヨルダン川西岸・ガザ地区のユダヤ系入植地で働くことは不可能となった。

 以上のような経緯を受け、衝突発生以後に起きた最大の社会問題はパレスチナ人生活水準の極端な低下である。パレスチナ自治政府労働省発表の数字によると、イスラエルによるパレスチナ自治区封鎖後の最初の2週間だけでパレスチナ人の失業率は29%に上昇し(日雇い労働者の場合は約50%になる)、日々の経済損失は270万ドルにも達した。また、パレスチナ人の貧困率(*1)は28.3%にも膨れ上がった。
(*1:月収$850以下の大人2人子ども4人の家庭を指す)

 現在、イスラエル政府は徐々にパレスチナ人に対する経済封鎖を解き始め、数千人のパレスチナ人がイスラエル国内での労働を許可されている。しかし、現地のパレスチナ人の話によれば、現在イスラエル政府はパレスチナ人の自治区外での労働に際し、磁気性の身分証明書に加えて労働許可証を常に携帯することを義務付けており(それ以前は磁気性のIDのみの携帯で労働が可能であった)、同時にパレスチナ自治区から外部へ出る際には厳格なイスラエル軍による検問が実施されている。

JerusalemとRamallah間の検問所

 加えて特筆すべきは、パレスチナ経済はその約2割を観光業に依存しているが、その打撃が非常に大きいことである。観光名所が豊富なエルサレム旧市街中の土産物屋では閑古鳥が鳴いており、またパレスチナ人街である東エルサレムのホテルはどこも空室で埋まり、中には営業を中止したホテルもある。エルサレムにある最大の客室を持つ5つ星パレスチナ系ホテル Seven Arches の Sufian Abu Ghannam (Reception Leader─Ь) は、「現在、200ある部屋の占有率は約5%であり、インティファーダが始まるまでは毎日85-95%と高かった」と中東代表事務所に対し語った。また、「それまで147人の従業員がいたが、今では27人にまで減り、このまま衝突が続けば、残りの27人も今年の9月か10月には解雇される」そうである。日本からのツアーもこれまで毎年150人規模のものが年2回あったそうだが、もちろん現在はゼロである。 

営業停止中の東エルサレムにある National Palace Hotel

 以上のようなパレスチナ経済の打撃を受け、数々の国際機関・地域機構・国家が様々な方法を通じ援助に乗り出しているが、以下2つ紹介したい。

 第1は、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関) による緊急援助である。
 UNRWAは昨年11月と今年2月の2回にわたり emergency appealを行ない、主に貧困層に焦点を当てた緊急援助に乗りだした。西岸およびガザ地区合わせ約21万世帯ある難民キャンプ居住のパレスチナ人は、その受けた打撃の大きさゆえにUNRWAに援助を求め、食糧援助および現金供与を通じてUNRWAはこれに応じた。特に、40-65%の間で推移する高い失業率のために、UNRWAは雇用創出のための40万ドルに渡る資金を新たに拠出し、社会資本整備ほか衛生管理の仕事をパレスチナ人に対し供与した。

 第2は、EUによる緊急人道援助である。衝突発生後よりEUは多額の資金を拠出しパレスチナ人の救済に従事してきたが、今年5月中旬に再度1000万ユーロの援助を決定しパレスチナ人家族に対し水はじめ衛生上必要な物資の供与を行なっている。EU は現在パレスチナ人居住地域の貧困率は難民キャンプよりも都市部やその周辺の方が高いとし、包括的な方針の下これらに対処している。

 これまでイスラエルとパレスチナ人の間では、‘Security Cooperation’ や ’Health Project’ など政府レベル・民間レベル問わずに様々な共同事業が実施され信頼醸成に努めてきた。それらの中でもエルサレム周辺やガザ地区内に存在するIndustrial Zone とよばれる一帯では、これまで双方が出資して工業団地を建設し経済活動に従事してきた経緯がある。この Industrial Zone は両者が1つの事業に対し協力できるという利点のみならず、失業率が常に高いパレスチナ人の雇用を確保する点でも効果的と考えられる。現況は不確かであるが、ガザ地区の Karni Industrial Zoneでは数年前に米国のコカ・コーラが土地利用の契約を結び操業に乗り出したそうである。

 このIndustrial Zone のような互いに相手が必要となる状況を作り出すことが、紛争予防という意味においても、また経済的自立を確立するという意味においても、極めて効果的と思われる。つまり、イスラエル人およびパレスチナ人の両者を堅く縛り付ける仕組みを構築す─Ьることが、予防外交の1つの役割として指摘できるのではないだろうか。イスラエルとパレスチナ人の間の係争問題は、その多くが妥協しないと解決しないもので占められているが、工業地帯を建設し双方に経済的な恩恵が流れるような仕組みを構築することは、極めて意味のある作為と考えられる。20代前後の若い一部のパレスチナ人がテロリズムに走る理由の1つとして経済的困窮が指摘されており、パレスチナ人の全体的な経済水準の向上は中東和平において欠かせない要素である。ちなみに、衝突発生後に出された統計によれば、イスラエルとパレスチナ人との間の貿易損害は1日500万ドルに達している。

 これらに対し、日本政府はじめ各国政府・国際機関が援助・投資を活発化させることは極めて意味のあることと言えるのではないだろうか。
紛争は誠に高くつく。「予防外交」が必要な理由の1つをここに見出すことができる。紛争による機会費用を考える必要性があることを強調したい。

以上 

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