| 最近起こった事柄を中心テーマとして、カンボジアの現在の政治、経済、社会情勢について、その一端を報告します。 記 政治 ‘カンボジアが真の民主主義国になりうるか’を占う試金石として、各方面から注目されている、2つの大きな政治的行事が近づくにつれて、国内に緊張感が高まってきている。 1つは、来年2月に予定されている地方選挙で、もう1つはクメールルージュ(旧ポルポト派)を裁く特別法廷の問題である。 第1の地方選挙は、1979年ポルポト体制が崩壊時選出されたまま固定化している、全国1621のコンミューンの首長ならびに地方議会議員を、この国の政治史上初めて、住民の直接投票で新たに選ぶものである。現在選挙人の登録を完了し、続いて被選挙人の登録を行うところである。各政党も候補者の選定を終え、正式な登録手続きの準備をすすめているが、実質の選挙戦は全国各地ですでに始まっている。 現在の与党は、フンセン首相率いる人民党(CPP)と、ラナリット殿下率いるフンシンペック党(FU)の連立であるが、両党の間の恒常的な確執に加えて、欧米流民主主義に基づく改革を唱えて、知識層を中心に大衆的人気のある、サムランシー率いるサムランシー党が、きびしい政府攻撃で、支持基盤の拡大を図っており、三者三つ巴の激しい戦いが展開されている。 今後選挙日が近づき、選挙活動が活発化するに従い、暴行、買収、恐喝、差別など選挙がらみの犯罪が、顕在化することが予想される。これらをどう乗り越えて、選挙実施にこぎつけるか、民主主義への道のりの試練である。 もう一方の特別法廷問題は、今年はじめの開廷予定が遅れに遅れ、政府、特にフンセン首相の取り組み姿勢に、国連、欧米より非難がでていたが、それに押された形で、フンセン首相も重い腰をあげ、必要なステップを踏みつつ、現段階では前向きに進んでいる。7月11日クメールルージュ特別法廷法が国民議会を通過し、続いて当初承認を渋るだろうと予想されていたシアヌーク国王が、8月10日、意外にあっさりと、法案承認のサインを行った。現在法案は、ニューヨークの国連の本部に送付され、内容が検討されている段階である。 カンボジア政府と国連との間で、今後法案の各条項につき、すり合わせが行われるが、意見の相違による論議の対象となる条項は、数項あるといわれており、(その内容はまだ明らかにされていない)、たとえば審問の対象となる人間を、現在抑留中のタ・モク(元軍司令官)、デュック(元トウスレンS-21政治犯刑務所長)の2名以外に、どこまで広げるかという問題と、特別法廷の場所をどこにするかが、焦点となる模様である。 これらの一連の動きに対して、旧ポルポト派幹部の、ヌアンチア、キューサムフォンが、最近相次いで新聞紙上に書簡を発表し、クメールルージュのとった行動は、民族独立を守るために行った正当なもので、大量殺戮は行われていない、また自分たちはそれに関与していないと主張して、論議を呼んでいる。特別法廷問題は、今でも社会に大きな影を残したままになっている、クメールルージュの非人道的行為にたいして、過去を清算し、国民感情を納得させられるかどうかを問うものである。これによって、政府の進めている、旧ポルポト派をスムースに社会に受け入れるための‘融和政策’が成功し、国民の一体感を醸成できるかが決まる。 経済 カンボジア経済は、外国からの資金援助に大きく依存しているが、その主要な援助国である米国の駐在大使が、8月22日ウィーンで開催された汚職撲滅会議(Anti-Corruption Conference)で行った演説の中で、‘カンボジア政府はコラプション対策を怠っている。このままの状態が続くならば、今後の援助は考え直さなくてはならない’と、発言した。ローカルNGOのCDRI(Cambodian Development Research Institute)が行った調査結果によると、当国の輸出の86%(うち米国向けが76%)を占める縫製産業の、昨年の縫製工場全体の製造コストに占める、行政費(政府のコラプションの発生源になっている費用で、例えばライセンス料、輸出許可料、諸々のサービス料、ペーパーワーク処理料等)が7%、金額にして、7千万ドルに上っていると指摘している。この数字に対して、商業省の高官は、行政費の割合が異常に高いことは認め、輸出への障害となることを懸念しているが、一方、役人の給料が、家計を維持するのに十分ではない事情があると苦しい釈明をしている。(9月3日付けCambodia Daily紙) 汚職に対する、一般国民の感情はというと、どうもこれらの行為にあまり厳しくないようだ。仕方のないことだと、半ばあきらめ顔である。普通の生活を営むと、1世帯で生活費が、月200-300ドルはかかるのに対して、一般の政府職員の給料が、月約20ドルと極端に低いことを知っており、何らかの副収入がないと食べていけないことは、皆がわかっているからだろう。 ただし、それが度を越えて、一部の特権階級が大きな屋敷に住み、高級車を乗り回し、高級レストランでフランス製ブランジを飲んでいるのを目にすると、さすがに、一般庶民としても頭にきて、その金はどうして得られたかを追求する声が高まり、それを代弁する新聞記事はあとをたたない。ただし追求はそこまでで、彼らが逮捕されて、処分を受けたという話は聞かない。皆逃げ道を作っている。不公正感、不平等感が、一般民衆の間に広がり、社会の無気力感を生み出し、社会の停滞を招いているとともに、政府がもっとも恐れている社会不安の根源ともなっている。 社会 カンボジアでは、強盗、誘拐、恐喝などの犯罪に、ナイフ、包丁の代わりに、銃がよく用いられる。ブラックマーケットで簡単に手に入るからだ。また、単なる揉め事、小さな紛争、トラブルでも、話し合いあるいは裁判で解決を図るより先に、銃を持ち出してきて、一気に解決しようとする傾向がある。そのほうが、手間がかからず簡単だというのだろう。この国では‘暴力の文化’(Culture of Violence) がはびこっているといわれる所以である。「30年前までは、こんなことはなかった。平和な国だった」と昔を知っているカンボジア人はよく言う。 この国をこんな状態変えてしまったのは、言うまでもなく打ち続いた内戦のなせる技である。内戦中は、一般国民も戦争に巻き込まれ(民兵として参加)、自衛その他のために武器を所有するのは、やむを得なかったとしても、1998年のポルポト派投降による内戦終結後も、依然として多くの銃が、一般国民にまだ所有されているという事実がある。武器保有は、法的には全面禁止となっているが、依然として10万丁程度の、武器が民間に残されているといわれている。 攻撃または自衛のための武器の使用がまったく必要でなくなった社会になったはずの今でも、人々が武器を所有しつづける理由は何か。 それは、銃による事件が多発している現状をみて、銃でもって自らを守らなければ、自分、家族が犠牲者になると思っていること、また一方で銃は、必要時にいつでも換金できる貴重な‘財産’であること、これらの理由で、政府、NGOの提供の呼びかけにもかかわらず、人々はいったん手にした財産は、使い物にならなくなった、古ぼけたもの以外は、決して手放そうとしないのである。また始末の悪いことに、これらがある種の人間の手にわたると、安直に金を得ることができる便利な道具として悪用されるのである。 当センターは、政府の進めている小型武器の回収、破壊活動を支援しているが、現状はまだパイロットプロジェクト程度の段階で、本格的な成果が上がるところまでいっていない。武器所有の違法なことを強調して、法的強制力をバックに回収したり、武器提供したら、見返りにその地域に井戸を掘ったり、道路を造るというような地域開発とセットにした回収方法だけではなく、これらとあわせて人々の間に、平和手段により問題を解決するという意識すなわち‘平和の文化’(Culture of Peace)を植え付ける努力を、地道であるが、根気よく行うことが、武器回収という困難な事業を成功させるためには、基本的なこととして一番重要であろう。 以上 報告者:田中 剛 |