JCCPのバルカンでの活動
バルカン地域では、1991年から2000年にかけて、多民族国家であったユーゴスラビアが解体されるプロセスで、 独立を希望する国家とそれに対立する国家との間で民族間の衝突が激化し、内戦状態となりました。 旧ユーゴスラビアには、セルビア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、クロアチア、モンテネグロという6つの共和国が存在していました。 それまで異なる民族は共存して住んでいましたが、内戦は「民族浄化」という形で、民族の違いを原因にした争いを激しくさせる結果となり、多くの犠牲者を生みました。 今では事態は沈静化しているものの、いまだに異なる民族に対する偏見や緊張状態が残る地域もあります。













