| 11月末までの政情について報告する。 記 ■ 添付資料 1. これまでの経緯 6月20日、クマラトゥンガ大統領、ハーキム大臣を解任、それに伴い、SLMC(スリランカ・ムスリム会議)7議員が野党側に移籍。国会における与野党議席数の逆転。この結果大統領と国会の緊張関係が始まる(当初は政府側有利)。同22日、野党、政府不信任動議を国会議長に提出。野党側の攻勢が強まる。政府側から野党第一党のUNP(統一国民党)を取り込み、政権の安定を図る、「国民和解政府」構想浮上。 7月10日、クマラトゥンガ大統領、9月7日まで国会停会及び8月21日の国民投票実施を決定。野党の猛反発。与党内部にも意見対立。動揺が広がる。 8月7日、クマラトゥンガ大統領、国民投票を10月18日まで延期。野党は、国民投票の完全中止を要求。同17日、野党議員が国会に入場、大統領に対する国会の独立を決議。この後、政府は、UNP又はJVPとの提携による政権の安定を模索。28日、第三回、PA(人民連合)-UNP間協議で、UNPとの協議が不成功に終わる。31日、PA-JVP(人民解放戦線)間協議において、大筋で政策提携合意成立。今後一年間の協力関係を取り付けた。 9月2日、政府、国民投票の中止及び6日の国会再開を発表。6日、国会再開。14日、PA暫定政権閣僚任命。PA内部の反大統領派の反発が鮮明化。21日、内閣改造(暫定内閣の発足)が行われ、PA暫定政権閣僚最終決定。閣僚人選に関するPA内部の不満増加。24日、第17次憲法改正案が国会で可決、成立。28日、6月に提出された政府不信任動議が国会議長の裁定により無効となったため、UNPは政府不信任動議を国会に再提出。 10月8日、11日に政府不信任動議の審議・票決を行う旨決定。9日、PA議員がUNPに移籍。この後、PA議員の大量移籍開始。10日、前大臣2名を含む、PA有力議員8名がUNPに移籍。また、大臣1名を含むCWC(セイロン労働者会議)議員4名、連立政権を離脱。クマラトゥンガ大統領は国会解散を決定し、12月5日に総選挙を行う旨を発表。不信任動議の成立は避けられないと判断したクマラトゥンガ大統領が、これを回避する為に、憲法上の大統領権限に基づき取った決定であるとみられる。12日、国会副議長、辞任の上UNPに移籍。その他大臣1名、UNPに移籍。16日、大統領の弟である国会議長、辞任の上、PAに移籍。17日、大臣1名、UNPに移籍。20日、立候補受付開始に伴い、選挙関連暴力事件の発生始まる。27日、立候補受付終了。 2. 各政党の動向 (1)政権与党:People’s Alliance (PA) スリランカ自由党(SLFP)を最大政党とした中道左派の連立政権である。現大統領であるクマラトゥンガ大統領のもとで1994年に設立された。農村部で依然に強い支持基盤を持つ。SLFPは60年代、70-77年と社会主義経済及び非同盟外交を推進していたが、現在では自由主義経済を擁護。2000年の総選挙では、合計107議席を獲得。構成政党は、スリランカ自由党(SLFP)90議席、スリランカ・ムスリム会議(SLMC)8議席、スリランカ共産党(SLCP)3議席、セイロン労働者会議(CWC:インド・タミル人の労働組合)3議席、スリランカ平等党(LSSP:極左政党)1議席、国民統一党(MEP:民族主義強硬派政党)2議席から成る。 1994年に現政権与党となり、党首であるクマラトゥンガが首相に選ばれる。その後の大統領選で、圧倒的多数で、第4代大統領として当選。経済開発を推進するために、憲法を改正し、大統領に権限を集中するも、経済は低迷し、また、1983年以来のLTTEとの和平交渉も進まず、野党第一党であるUNPらの批判を浴びる。国民の支持も徐々に低下し、政権交代の声が強くなる。前回総選挙の際、JVPが議席数を増やしたのも、JVPへの支持というわけではなく、むしろ既存政党への不満の表明といえるだろう。 与党過半数割れに始まる、クマラトゥンガ大統領の一連の行動に対し、与党の多くの議員が疑問を呈し、反旗を翻した。現在の勢いでは、統一国民党(UNP)が第一党になることは避けがたく、政権交代は免れない。11月に入り、BBCやCNN等海外のメディアに登場し、有権者に大統領の存在をアピールし、また、JVPの過去のリーダーが、スリランカに戻り、選挙キャンペーンが可能になるように、新たにパスポートを発行したり(詳細はハ)その他の政党の項に表記)、はたまた、政権新聞において、対立政党である、UNPを非難するために、UNPが政権を獲った暁には、LTTEのリーダーである、プラバカランが大統領になると吹聴するなど、権力にとどまるために、八方手を尽くしている(詳細はロ)LTTEとUNPのかかわりの項に表記)。 こうした努力にもかかわらず、政府の支持は下がる一方であり、コロンボ地域におけるインターネットを用いた世論調査では、UNP48%、PA15%という結果となった。都心部ではUNP、地方部ではPA支持者が多く、また、インターネットというネットデバイドの影響を受けるメディア媒体を用いたという事実を差し引いたとしても、UNP優勢は免れ得ぬであろう。今後の焦点としては、UNPが第一党と成った場合、単独で過半数(113議席)議席数を獲得できるかどうか、また、クマラトゥンガ大統領が選挙結果を受け止めた上で、いかに組閣をスムーズに行えるかである。 (2) 第一党野党:United National Party (UNP) (イ) UNPの政策 UNP(統一国民党)は現在PA(人民連合)に次ぐ第二政党である。都市部を中心に支持を集め、2000年の総選挙では、89議席(総議席225)獲得した。ラニル・ウィクラマシンハ党首の下に、クマラトゥンガ大統領の、経済政策、タミル・タイガーに対する内戦への対応を批判している。政府(PA)が軍事的手段で、LTTEを を打破することをより強調している一方でUNPは、LTTEと和平交渉をする準備が出来ていると言っている。UNPは政権を握れば、全ての人々にとって受け入れ可能な広範囲の政治的解決に到達するために、すべての政党、聖職者および市民の社会組織と対話を始め、さらにこのプロセスにLTTEを含むことを声明している。 UNPは、経済政策を重視しており、国民重視の新経済開発プラン、スリランカを5経済ゾーンに分けて発展を促進する、雇用機会の拡大などの政策を打ち出している。民主化のための政策としては、独裁的な執行権 (行政権?) を終了し、チェックとバランスを備えた議会の実現、すべての政党との協議による民主主義的行政機構の導入などを提示している。 現在第一政党であるPAとUNPは12月5日の選挙に、僅差で競り合っており、双方の政策的差異は薄れている。 (ロ) LTTE とUNPの関わり PA側は、UNPがLEETと協定を結んでいる、同盟関係にある、と宣伝している。1999年の大統領選挙、2000年10月の選挙の際にも同様にUNPとLTTE の協定がうわさされた。PA側は、「UNPが政権をとると、LTTEリーダー、プラバカランが大統領になる。」(クマラトゥンガ大統領)、「UNPが権力を握ると、LTTEが議会に入ることになる」(マータラ地方PA立候補者マリカ・デ・メル)などと、UNPのLTTEとのつながりを強調しているが、UNPは否定している。UNPは、1989年に行われた選挙に先立ったUNP政権中に、アヌルッダハ・ラトゥワッテおよび、アヌラ・バンダラナイケが署名した、ワニエリアのLTTEとの協定のドキュメントをPAはコピーし、UNP-LTTE協定として現在メディアにこれを提示している、と主張している。 (ハ) UNPへのクロスオーバーの動き UNP優勢状況であることから、10月10日の国会解散以来、現在の第一政党PAから、UNPへの離反者が相次いでいる。UNPの発表によると、125人のSLFP(スリランカ自由党、PA中の最大政党)党員が、SLFPを辞め、UNPに移った。SLFP弁護士協会の数名も、UNPのメンバーになった。ディサーナーヤカ前大臣、ピーリス前大臣、エカナーヤ前大臣、ムナシンハ国会副議長等、PAの有力議員がUNPにクロスオーバーしている。 (3) その他政党:Janatha Vimukthi Peramuna (JVP)、ムスリム系政党 (イ) Janatha Vimukthi Peramuna (JVP): クマラトゥンガ大統領が率いる与党人民連合(PA)と7年ぶりの政権奪回を目指す統一国民党(UNP)が激しい選挙戦を繰り広げるなか、Third-Partyとして人民解放戦線(JVP:Janatha Vimukthi Peramuna、英語名:People’s Liberation Front)の動向に注目が集っている。 JVPは1960年代後半に創立された、若年層を中心としたマルクス主義政党である。1971年及び1988~89年に、南部州を中心に武装蜂起し、1989年以降はプレマダーサ大統領による徹底した弾圧を受け、党首を含む幹部が逮捕・暗殺されほぼ壊滅した。2000年以降、二度と武力に訴えない旨を宣言する等、民主的イメージを強調し既成政党への批判票を集め、前回総選挙で10議席を獲得し第3党となった。PAが議会で連立政権を目指す上で重要なcoalition-partnerである。 このたびの総選挙はUNP優勢との見方が圧倒的であるが、UNP単独での過半数議席の獲得については否定的な見解が支配的である。このような状況下、JVPは選挙後の連立政権への参加を睨み、従来のPA支持を表明しつつも、明確なUNP批判を控えた選挙キャンペーンを展開している。 JVPは、「スリランカの全ての国民は、国家の主権と独立のもとにあらゆる脅威から解放され、国内の何処にでも居住でき、如何なる場所においても職に就く権利とその願いが保障されなければならない」とし、「全ての民族は同等に扱われるべきだ」と訴えている。 一方、社会・経済政策については、「中国の目覚しい発展に見習い、地方経済の発展および外国投資の促進のもとに再構築されるべきだ」とし、「政府は公共財の適正な配分(都市部・地方の差異なく)とプライベート・セクターの発展への義務を負う」と強く主張している。こうした選挙キャンペーンを通じて、JVPは地方や都市部の低所得者層、特に封建制度が根強く残る農村部や教育を受けたにもかかわらず就職の機会に恵まれない若者層からの支持を拡大しつつある。 そうしたさなか、1989年の弾圧当時JVP中央執行部の幹部で、ヨーロッパに渡り逃亡生活を送っていたソーマワンサ・アメラアシンハ氏が、11月22日に12年ぶりに帰国し、翌11月23日にはカルターラ市での大規模な選挙集会において演説を行った。近年、JVPは党首不在の形で政治活動を続けていたが、このたびソーマワンサ・アメラアシンハ氏が党首として公衆の面前に姿を現したのは、支持層に対して求心力ある政党のイメージをアピールするのが狙いである。JVP支持の熱狂的な若者層に対しては強烈なメッセージとなったが、一方、中高年層に対してはJVPが引き起こした70~80年代の血なまぐさい恐怖時代の記憶を呼び覚まし、また他政党からの格好の攻撃対象となっている。連日、現地新聞各紙・インターネット上に激しい批判記事が掲載されている。 経済・社会面でマルクス主義の思想を掲げる一方、政治面ではシンハラ民族主義的な主張をし、タミル・イーラム(Tamil Eelam)の創設に絶対反対の立場を取っている。また、国内紛争についてはノルウェーなど第三国による和平調停交渉(mediation)に頼らず、自力での解決を目指すべきだとする民族・紛争問題のハード・ライナーである。本総選挙の結果、JVPの議会発言力が高まれば、紛争解決・平和構築に一層の暗雲を投げかけるのではとの懸念が強まっている。 (ロ) ムスリム系政党: ムスリムの主要政党であるスリランカ・ムスリム会議(SLMC: Sri Lanka Muslim Congress)及び国民統一連合(NUA: National Unity Alliance)は、いずれも東部州以外には有力な基盤を持たないため、北・東部州合併に強く反対する選挙キャンペーンを展開している。両政党は2000年の前総選挙後、連立政権への参加に合意し、合計12議席の一大勢力を形成していた。しかし、6月にラウフ・ハキームSLMC総裁が通商・商務大臣職を解任されたのを受けSLMCがPAを離脱した後、SLMC、NUA両政党のムスリム社会内部の主導権争いに拍車がかかっている。こうしたムスリム社会内で各政党の足並みが揃っていない状況は、タミル系政党が東部州で選挙戦を進めるうえで好条件を与えている。 3.LTTE及びタミル系政党の動向 タミル統一解放戦線(TULF: Tamil United Liberation Front)、タミル・イーラム解放機構(TELO: Tamil Eelam Liberation Organization)、全セイロン・タミル会議(ACTC: All Ceylon Tamil Congress)、民主人民解放戦線(DPLF: Democratic People’s Democratic Party)の4党がタミル民族同盟(TNA: Tamil National Alliance)を結成し、共同で議員を擁立する方向で動いている。いずれの4党も前回総選挙以降、UNPを支持する立場を採っている。なかでも、創立当時から一貫して民主主義の枠内で活動し、知的階級中心に形成されるTULFはUNP支持を強く表明している。 TULFはUNPが次期政権与党となるのは明らかだとし、更には、同政党が政権に就いた後、最長でも6ヶ月以内には政治的解決策をもって民族・紛争問題を解決に導くだろうとも発言している。UNPラニル総裁がLTTEと密約を交わしているのではないかとする記事が紙面を賑わしているが、なんらかの政治的駆け引きがおこなわれている可能性を完全に払拭することはできない。 一方、イーラム人民民主党(EPDP: Eelam People’s Democratic Party)は、従来どおりPAへの支持を表明している。ジャフナ市を中心基盤とするEDPDだが、あくまでスリランカという”One Nation”のもとに”Region of Eelam”の創設を目指し、地方分権の拡大を要求している。 各政党の10月9日現在の議席数は、TULF5議席、EPDPが4議席、TELO3議席、ACTC1議席となっている。 11月を通じてLTTEが選挙妨害を目的とした暴力事件、要人暗殺はほとんど報告されていない。LTTEと政府・治安部隊間の本格的な軍事衝突は、本年4月末の「アグニキーラ作戦」以降発生しておらず、政府軍は北東部洋上でのLTTEの海上補給輸送の阻止および武器の密輸を防止する「バルーナ・キラナ作戦」に全力をあげている。11月以降LTTEがジャフナ市奪取に必要な兵力、装備をジャフナ半島の南岸、プーネリンに集結させているという情報もある。 大規模な衝突はないものの各地で衝突は起こっており、治安部によれば、11月1日はムータラ市で政府軍3名と警察官11名がLTTEによって殺害されている。また6日にはバブニヤ市南部のニクチクラムで政府軍2名がクレイモア地雷により殺害されている。さらに10日午後には再びムータラ市で5人以上の政府軍がLTTEの被害により殺害されている。バッティカロア沿岸のパァメンマドゥの軍事警察キャンプがLTTEの襲撃を受け、3人が死亡、9人が負傷するという事件がおきている。と同時期にバッティカロア北部のエラブアで交番が襲われ、治安部隊で死傷者がでた。バッティカロア地域では13日にも北部のバミヤディのチェックポイントで訓練中の警官1名がLTTEとみられる男の襲撃を受け死亡している。15日バブニヤ市のカルマドゥ地域で政府軍1名がLTTEによるクレイモア地雷で死亡し、2名が負傷した。 タミルネットによれば、11月2日、タミル政党の代表は新同盟体制をつくることを声明した。この声明はLTTEとの協議を通じてタミル民族の独立を政治的に強固にするよう理解し、約款の具体化を国内国際間の両面より努力していくという目的である。12日、TNAはスリランカの平和実現のため、LTTEを排除すべきで、スリランカ政府は直ちに内紛をやめ、ノルウェーとの和平調停を再開すべきであるとの声明を出した。 アイランド紙によれば、クマラトゥンガ大統領は13日、LTTE撲滅のための可能性を示唆し、TNAとの協力を全く除外して進めると明言。更にPAは全タミルの味方であると表明。UNPとLTTEの関係疑惑を批判した。 14日トリンコマリー地域選挙管理委員会はTNAによる投票日の投票所までのバスの運行を促す要望を退けた。この結果により、14000人の同地域のタミル人の足に支障がでるものと懸念される。18日タミルネットによれば、バッティカロアのコッタディッチョライでTNAが選挙活動を行った。同地域は東部LTTEの支配下にある地域で、2名の候補者達は選挙カーに乗ったままの活動となった。 またTULFは21日、TNAこそが北部東部州の和平交渉の鍵となり、他のいかなるタミル集団とも一線を画すと、TNAを指示する声明を発表した。しかしながらTNAのアンパラ地域内の事務所10箇所が何者かに襲撃される事件も起きている。 11月27日LTTEの最高指導者であるプラバカランは、自らの生誕日、ヒーローズデイを記念して毎年行っている同組織の施政方針といえる声明を発表した。「LTTEの武力闘争はタミル民族の基本的人権と政治的自由を勝ち取るための運動であり、単なるテロリズムとは一線を画す」と主張している。「タミル人の悲願は民族自決権の獲得であって、分離独立主義とは異なる」と明確に述べており、民族問題の解決についてタミル独立国家の建設以外の方法を示唆した点で注目すべき内容となっている。一方で「軍事力による民族紛争解決手段をとっている」として政府側を批判、政府が同組織をテロリスト集団と指定してその活動を非合法化している間は和平交渉には応じないという強硬な姿勢も明確にしている。 4. 国際社会から見たスリランカ情勢 2日 | イギリス、LTTEを含む25のテロ組織の、イギリス国内の資産凍結を発表。アメリカ、LTTEを新たに、テロ組織に認定。オーストラリアの外相 Alexander Downer、Ratnasiri Wickramanayake首相に対するLTTEの攻撃を非難 | 3日 | イギリスの高等弁務官Linda Duffield、経済界のパーティーで、イギリスのスリランカ内戦への政治的解決への助力を発表 | 8日 | カナダ、LTTEをテロ組織に認定。カナダ国内のLTTE資産凍結を発表 | 14日 | SAARC(South Asian Association for Regional Co-operation) -EU間の会話が、国連において開催 | 15日 | SAARC(South Asian Association for Regional Co-operation) -ASEAN間の協議が、ニューヨークの国連本部において開催 | 20日 | EUの選挙監視団のトップである、John Cushnahanが、昨年の選挙時の反省が活かされていないことに遺憾の意を表明 | 27日 | イギリス、半テロ法を可決。EUの選挙監視団のSTOs (Short Term Observers) の到着 | 29日 | EU選挙監視団のSTOsを各地に配置 | 以上が、11月中に起こった、スリランカに関する動向である。 イギリス、アメリカ、カナダによるLTTEの非合法化、並びに資産凍結は、国外を活動の拠点としている同団体には大きな痛手となることが予想される。これらの諸外国の動きは、ニューヨークの貿易センタービルへのテロ行為を受けての反テロキャンペーンの一環と思われる。しかしながら、LTTEが非合法化されたことにより、ますます過激な行動に出ることも予想され、一概にはよいことであるとは言えない。さらに、国際社会のテロに対する行動は厳しさを増す一方であり、今後、この非合法化が、スリランカの内戦の解決に役立つのかどうか、動向が注目されるところである。 また、現在行われている国連総会と平行して、SAARCと、EU、ASEANとの会議が催された。今年のSAARCの議長国はスリランカということもあり、前回は行われなかったこの会議もスムーズに行われたようである。SAARC側としては、この会議を利用して、南アジアの存在を国際社会に誇示すること、そして各地で発生している地域機構設立の流れに乗り遅れたく無いという目論見があるものと考えられる。 そしてスリランカ国会選挙も終盤に近づいてきて、EUの選挙監視団のSTOsが派遣されてきた。彼らのミッションのマンデートは、平和で、公正な選挙が行われるように監視することである。今回の選挙でも、各地で暴力事件が絶え間無く報道され、EUミッションのプレゼンスが果たして効果を上げているのかは、非常の疑問の残るところであるが、少なくとも国際社会がスリランカに対して関心を抱いていることを表明するためという意味においては、意味のあるものなのであるかもしれない。 5. 今後の見通し 選挙を間近に控え、各党は選挙戦最後の追い込みに全力をあげており、激しい選挙戦が展開されている。現在までのところ、形勢はUNP有利に推移しており、不測の事態の発生等による大きな流れの変化がない限り、今次総選挙では、UNPが第一党の座をしめることは間違いない。しかしながら、UNPが単独過半数議席(113議席)を獲得できるかどうかについては、予断を許さず、現時点ではむしろやや否定的な見解が支配的となっている。対する現政権与党であるPAの動向については、相当数議席を減らすことになると見られている。 こうした状況下にあり、果たして12月5日の総選挙以降、クマラトゥンガ大統領による速やかな新首相の任命、組閣が行われるか否かが、総選挙結果とともに注目されるところであるが、選挙結果によっては、新政府樹立の遅れに伴う不安定な政治状況が継続することも十分考えられる。これに伴う、治安情勢の不透明感も依然排除できない状況である。 今次総選挙実施を担当するディサナヤケ選挙管理委員長は、今次国会解散・総選挙に至った経緯もあり、総選挙関連の不正行為・暴力事件の多発を懸念し、このような予測の下、不正があった選挙区では再選挙を行うと明言しており、選挙区によっては再選挙が行われる可能性もあり得る。 以上 |