| 住居 前国連暫定市長の井上健さんとちょうど入れ替わるような時期にコソボに到着したため、井上さんの住んでいたアパートをそのまま引き継がせてもらうことになりました。そのために家具や生活用品等はほぼそろっており、非常に幸運でした。 水道、電気の事情は安定しておらず、電気は数時間ごとに停電し、また数時間経つと電気が戻るといった感じです。水道のほうは昼間の数時間、出たり出なかったりという状況で、風呂場に大きなバケツを置き、蛇口を開けっ放しにして水が貯まるようにしていますが、数日間水が出ないとその蓄えもなくなり困ることもあります。ただしこれはかなりよくなったほうで、井上さんが到着したばかりの頃(1999年夏)は電気も水も全くなかったそうです。 町の状況 物価は非常に安く、野菜は大体1キロ1マルク(1マルク=約60円)、外食が大体1食3マルクから10マルク程度、ビールは1本1マルクです。市役所などで働いている職員の平均収入は月200マルク程度で、失業率がかなり高いこの地では生活費を海外(ドイツ、スイスが多い)に出稼ぎに行っている家族の送金でまかなっているそうです(失業率などの問題についてもいずれ報告したいと思います)。 住民は概して友好的で、また数多くのプロジェクトを実施している日本に対して好感情を持っており、日本人だからといって差別にあったことは一度もありません。また治安も現在のところ安定しており、危険な目にあったことはまだありません。ただし、セルビア系の話となると別で、今でも目の前にセルビア人がいたらすぐに殺してやる、という人も少なくなく、実際に泥酔したセルビア系住民が誤ってアルバニア地域に足を踏み入れ、袋叩きにあい命だけは取り留めたという事件も最近起きたそうです。殺すとまでは言わない人でも「あいつらは悪魔だ」と前置きしながら紛争中にセルビア系が行った多くの残虐行為について語り始めます。 このように、安定した治安もあくまでアルバニア系が大多数を占め、KFORが軍事力によってセルビア系住民地域を完全に隔離している現状だからこそ実現しているというのが現実であり、両民族間の相互不信は依然根強いと感じます。 以上 |