ケニアには42の民族が住んでいますが、民族間の小さないざこざはあったものの、 大きな争いには至らず平和に多民族社会として共存してきており、「アフリカの優等国」とされていました。 しかし、2007年12月に実施された大統領選挙の結果への不満が、各地で暴動や焼き討ちに広がった結果、 1,000名を超す死者と50万人の国内避難民を出す事態となりました。
多くのケニア人にとって民族はアイデンティティーの根拠になっており、小さな民族間の軋轢は、牧畜民族と農耕民族との間での土地や水、牛を巡る問題などの形で垣間見ることができます。 一方、2007年末から2008年初旬にかけてのケニア全土での暴動は、これら日頃の生活や経済状況に対する不満が、民族間の対立に置き換えられ爆発する形で発生しました。 とくにケニア西部、貧困層やスラム地域で激しいものとなり、開票結果に不満を持った民衆とその動きを弾圧する警官隊を巻き込んだ大規模な暴動に発展しました。